日本

和習

「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、和習(詩・文章などにみられる日本人っぽさ)についてです。一応云っておくと、わたしは和習が入るからこそ日本独自のスタイルが生まれてきたと思います(笑)

 というわけで、本題に入っていきます。

参考:中国の文章の香り(本館記事)

ごてごてorするする

 ……と云いつつ、上のリンク先の内容を、すごく短くまとめて前置きにしておきます。

 まず、中国の文章は、四文字でひとつのまとまり感です(なので、あまり多くの物を四字に詰め込めません……)

前代の帝王は、時を得て王朝をひらいたが、世が移って、長い年月を経て、しだいにその墓もぼろぼろに荒れていき、木々や草が茂るようになり、その周りも埋れてしまい、盛り土も分からなくなっている。

なので、昔からの帝王の陵墓では、その近くの十戸に手入れをさせて、他の労役などはさせずに、陵墓の手入れをしてもらう。

前代帝王、因時創業。……而歴運推移、年世永久、丘壟残毀、樵牧相趨、塋兆堙蕪、封樹莫辨。……自古已来帝王陵墓、可給随近十戸、蠲其雑役、以供守視。(隋・煬帝「給戸守古帝王陵墓詔」)

「世が移って、しだいにその墓もぼろぼろに荒れていき、木々や草が茂るようになって(歴運推移、……丘壟残毀、樵牧相趨)」みたいに、四文字ずつの短い場面をたくさん並べたようになっています(この短い感じが、日本では「簡潔で固い」というイメージなのかもです)

 ですが、日本語では、もっとひとつのまとまりが長く大きくなります。

空の火入れは煙草の吸い殻を捨てるためのものではなく、どろどろに熟れた柿の実を、その器に受けて食うのであろう。しきりにすすめられるままに、私は今にも崩れそうなその実の一つを恐々手のひらの上に載せてみた。……真っ赤に熟し切って半透明になった果実は、あたかもゴムの袋のごとく膨らんでぶくぶくしながら、日に透かすと琅玕の珠のように美しい。(谷崎潤一郎「吉野葛」)

「真っ赤に熟し切って半透明になった果実は、……珠のように美しい」までが、一つのまとまりになっていて、すごく長いです。なので、日本ではいきなり中国ふうにするのは、感覚的にかなり無理をすることになります(笑)

和習って何?

 ところで、和習としては、よく云われるのはこういう例です。

京を離れてのちは、話もできなくなって、鬱々として心も塞いでいるのですが、とくに関白様は何か云っていたでしょうか……。出る前のときは、関白様に挨拶もできなくて、それを責められると逃げられないのですが、まぁ悪意があったのではないというふうにしておいてください……。

あと、わたしは今月十六日に下関に来たのですが、九州に入る日がまだ決まっていないので、そちらに着きましたら、追って細かい話などもします……。

離洛之後、未承動静、恐鬱之甚、……殿下何等事御座哉。進発以前、不参之勘責、無方避逃。倖也優顧、幸甚幸甚。抑佐理今月十六日来到長門赤馬泊。入境之日、未有一定。著府之後、追可聞仔細。……(藤原佐理「離洛帖」)

 まず、すごく目立つのは「御座哉(ございますかな……)」です。日本ふうの云い回しの漢字だけverみたいなのが入っているのが、すごく独特というか。

 あと、分かりづらいですが、「追って(のちほど)」みたいな用例は、実は中国ではあまり見ないかもです(この手紙はすごく味わい深いと思うけど。ちなみに、太:ふとい、澤:山の小さい流れ……なども、日本独自の用法です。中国では、太:とても、澤:湖沼みたいになります)

 なので、こういうふうに日本ふうの云い回し・用法が入ってしまうのが、いわゆる和習とされています。でも、むしろ私が日本っぽいなぁ……と思うのは、こういう系です。

藤原伊尹は、当世の賢き人にして、殿上の綺席に至りて、朝廷の詔を受けるに及んでは、天下の人々もその力を尽して、しかも才情を兼ね備えた人だというのを知るでしょう。ですが、まだ人の世の噂としては高くても、朝廷より命を受けておらずして……

藤原伊尹者、当世之賢大夫也。……逮于跪彼仙殿之綺筵、銜此宸筆之綸命、天下彌知忠鯁不撓、艶情相兼之臣。……而只伝人間之虚詞、未賜聖上之真跡。(『本朝文粋』巻十二 源順「侍中亜将為撰和歌所別当御筆宣旨奉行文」)

 すごく気になるのは、「忠鯁不撓、艶情相兼之臣(その力を尽して、しかも才情を兼ね備えた人)」というのが、一つのまとまりになっていて、するすると長くつながっていることです。

 さっきの手紙でも、「京を出る前は、関白様に御挨拶もできなくて、それを責められると逃がれられないのですが(進発以前、不参之勘責、無方避逃)」みたいに、三つの句でひとつのまとまりになっています。

 このするすると長くつづいていく感が、四文字ずつで云い終わる中国の文章との違いになっているかもです(ちなみに、例として出した源順・藤原佐理は、10世紀のひとです)

江戸時代の色合い

 こういう和習は、江戸時代の人には、ほとんどみられなくなっていきます。なんとなくのイメージですが、日本では1800s前半あたりから、かなり完成度が高くなっていくので、その例を一つみてみます。

林はしだいに少なくなり、やや平らな川がみえてきて、ここまで来ると、大きい石がべったりと延びていて、台や畳のようになっており、その奥には切り立った大巌があって、滝が幾條にも分かれてながれていた。

大きいものは重ねた綿のようで、ほそいものは白い絲のようで、ほわほわと舞うわたげのような、立ち籠める霧のような――。西の崖のほうでは、さらに大きい石が立っていて、太い流れがどうどうとしていて、下の石まで来ると雲がくずれ溢れているようだった。

林樾漸尽、平川始出。……至此大石平布、如床如席。其窮処嶄然壁立、……流水倒注、分為数十道。……厚者如畳綿、薄者如垂綃、……如柳絮、如煙霧。近西崖処、巨石突怒、洪流渀盪、激石雲頽。(安積艮斎『東省続録』より「瀧崎」)

 こちらの安積艮斎(あさかごんさい。1791~1861)は、紀行文の完成度がすごく高くて、しっかりと四文字前後で意味がまとまっているところも、多彩な字選びもかなり爛熟期に入っています(福島県郡山市あたりの瀧の様子です♪)

 とくに「大きい石が立っていて、どうどうとした流れがあって、石にあたって雲が溢れ出るようにくずれて――(巨石突怒、洪流渀盪、激石雲頽)」が、ぎっちりと詰め込まれていて、いかにも中国的な雰囲気です……。

 一方で、清代の例もひとつ見ておきます。こちらは、晩清の黎庶昌(1837~98)が、日本の那須塩原に来たときのものです。

塩原は、那須から西に十里ほど入ったところにあり、巌の突き出たもの、深いもの、平らなもの、穴のように狭いもの、覆うように大きいもの、ほっそりとして長いものなどがつぎつぎに見られる。

さらに紅葉はひらひらそよそよとして、紅いものはまだどこか透いたようで、青黒いものはわずかに紫のようでもあり、濃い紅のものは丹塗りのようでもあり、陽の光が射すと、あちこちさらさらと細かな綾袍にも似ていた。

塩原……自那須西行十余里入山、……巌之斗出者、奥者、曠者、竇者、厂者、窈窕而秀者、使人攬接不厭。……楓葉棽棽叢叢、紅者若縓、紺者若緅、絳者若丹、日光射之、皆班駮成錦。(清・黎庶昌「游塩原記」)

 こちらも四文字ずつでまとまっているのは一緒ですが、「巌の突き出たもの、深いもの、平らなもの、穴のようなもの、覆うようなもの、ほっそりと長いものが……(巌之斗出者、奥者、曠者、竇者、厂者、窈窕而秀者)」などはかなり長くなっています。

 ですが、こちらの清代の例だと、あまり長くつづいている感がしなくないですか……(まぁ、私の感覚なのですが……)

 たぶんですが、こちらの例では、「突き出たもの、深いもの、平らなもの」みたいに隣りに並んでいるものが、雰囲気が全く違うもの同士を並べているので、あまりつづいている感がしないのかもです。

 一方で、さきほどの日本の例では、「切り立ったような大巌(嶄然壁立)、石にあたって雲を涌かすようにくずれて(激石雲頽)」みたいに、四字ごとのまとまりが、似ている雰囲気をまとっているというか……。

 もはや、ここまで来ると、和習というより、和趣(日本ふうの趣き)みたいに云ったほうが近いし、全然欠点ではないと思うし、むしろ地域色を帯びていていいと思うのですが。

明治の和漢混淆

 というわけで、話は一気に明治時代です(笑)

想う火山湖たる、一泓澄深、……俯して窺えば鱒魚(ます)、アメマス、嘉魚(いわな)、洋々として往来し、玻璃瓶中を行くに似、忽ちにして巌影、樹影、山影、倒映して水中に入るや、鱒魚は山に登るが如く、アメマスは樹に攀(のぼ)り、嘉魚は巌上に躍らんとす、頭を挙ぐれば衆峰回環し交る交る高を争いてその間 僅かに天光を露わし、万象の蕭瑟たる……(志賀重昂『日本風景論』)

 ……これが明治時代に流行っていたスタイルなんですよね(ここで例にした『日本風景論』は、明治時代に大人気でした。このとてつもない名調子で、日本の地形を解説していく――という実用性も兼ねているのがすごいです)

「一泓澄深(泓:一たまりの大きい水)」「衆峰回環」みたいな四字ずつのまとまりが入ると思えば、「忽ちにして巌影、樹影、山影、倒映して水中に入る」みたいに長いまとまりがあって、さらに「蕭瑟」みたいな中国の擬態語が入ったりしています。

 もっとも、日本語として自然な感じになっていればいいので、無理して四文字にまとめるつもりも無いので、日本語の幹に漢語の枝葉が生えたような和漢融合です(これ、すごく好きです笑)

 というわけで、和習は日本語のつくりそのものと結構深く結びついているのかも……みたいな話でしたが、かなり分かりづらい例もあったかもですが、お読みいただきありがとうございました。

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ぬぃ
こちらでは、中国文学のやや深く狭めな話をのせていきます(もっと分かりやすい話は、下のリンク先にあります♪)

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