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こちらの記事では、盛唐~中唐の駢文についてみていきます。盛唐(712年の玄宗即位~安禄山の乱)・中唐(安禄山の乱~800s初め)って、ふつう駢文は空疎な儀礼用文体になっていて……に云われますが、むしろ公的な実務用文体としてかなり用いられていたかもです。
あと、この時期は、詩と駢文の作風が似てくるようになります(逆にいうと、六朝くらいまでは同時代の人はほとんど同じような駢文なのです。初唐四傑くらいになってしだいに作風のちがいが出てきて、初唐末期の則天武后時代あたりに好きな雰囲気に寄せるようになります)
李白
まずは盛唐の李白です。こちらは安禄山の乱での檄文です(九江神:長江中流あたりに九つの川が合わさるあたりの長江の神です)
九江神の霊を祀る――。惟の神は乾坤を包括て、山川を平准て、三峡の深壑を奥におきて、九つの川道を争ぎて奔み、南維を綱紀て、東の海まで流れ去きて、春秋ごとに壇を設けて、香の禋多くして、今 萬乗 傾かせて給いて、山陵に墋黷く、宇宙 倒懸るごとくして、欃槍いまだ消えず、世のものは結憤みて、元凶を翦むと思えば、その洪濤 渤潏として高く溯きて、狂飆 振驚と木々を揺らせり――
敬祭於長源公之霊。惟神包括乾坤、平准天地、劃三峡以中断、疏九道以争奔。綱紀南維、朝宗東海、牲玉有礼、祀典無虧。今萬乗蒙塵、五陵墋黷、……宇宙倒懸、欃槍未滅、含識結憤、思翦元凶。……而洪濤渤潏、狂飆振驚。(李白「為宋中丞祭九江文」)
この凄まじい洪濤などが大きくふくらんだところをみせる感じが、実は李白のふだんの詩にもよく似ています。
秋浦水には白猿が多くて、超騰として舞う雪のごとし――。枝の上の子を引きあげて、水中の月をすくい呑む。
秋浦多白猿、超騰若飛雪。牽引條上児、飲弄水中月。(李白「秋浦歌 其五」)
このふわりと猿がおおきく手をのばしている感じが、さっきの大きくふくらんだ洪濤や黒々と舞う墋黷みたいにみえます……。あと、「そらの星も頽崩れる如くして(宇宙倒懸)」もさきほどの「水中の月をすくい呑む(飲弄水中月)」みたいに大きく傾いているかもです。
李白って、かなり険阻で大きくゆれたような場面をすごく多用しているかもです。
王維
つづいては、おなじく盛唐の王維です(こちらは送別の挨拶用駢文です)
咨爾 多くの官たちが方夏を撫めていく中で、従弟の惟祥も、旧てより令聞はあって、成憲を克く奉じて、往いてはよく践いて職め、人を恫めず。獄貨は承け取らず、農食をひたすら滋碩じていて、淮泗の水に浮びては、その波は浩然として、海潮の乾坤に噴くして、江城は泱漭にちかくして、もとより美錦かなる地にて、爾はさらさらと襲ね折り往きて、上官はその課事を伝えて、いよいよその労を褒められむゆえ、行きてはよく勉めて、この日を大切にされよ――。
咨爾三事百辟、……以撫方夏。群従曰惟祥、旧有令聞、克奉成憲、往践乃職、無恫於人。獄貨非宝、農食滋碩、浮于淮泗、浩然天波。海潮噴於乾坤、江城入於泱漭。彼有美錦、爾嘗操刀、……上官奏課、国将大選爾労。勉哉行乎、唱予和汝。(王維「送従弟惟祥宰海陵序」)
堅い……。でも、よくみると、「その淮泗の水に往きては、大きな波は浩然として、海潮はそよろそよろとして乾坤を噴らして、江城はさらさらと瀾に洗われたり――(浮于淮泗、浩然天波。海潮噴於乾坤、江城入於泱漭)」がすごく王維らしい雰囲気重視の淡やかさです。
城壁の下では江水が蒼々として、江辺では黄鶴楼があるのだけど、その欄は朱色として白い堞をめぐらせ、江水はさらにさらさらとながれているので、鐃が鳴ればいよいよ発つときにして、楼のうえより見遣っていたけれど、城門などがしだいに楓木にかくされて、候吏たちも蘆の水に遮られて、――ですがどうやら赴く先にても山水の紫翠きらびやかなことでしょう。
城下蒼江水、江辺黄鶴楼。朱欄将粉堞、江水映悠悠。鐃吹發夏口、使君居上頭。郭門隠楓岸、候吏赴蘆洲。何異臨川郡、還労康楽侯。(王維「送康太守」)
こちらも「城壁の下では江水が蒼々として(城下蒼江水)」が「江城はさらさらと瀾に洗われたり(江城入於泱漭)」に似ていたり、「城門などがしだいに楓木にかくされて(郭門隠楓岸)」もぼんやりと楓林だけがきらめいているのが「もとより美錦な地にて(彼有美錦)」みたいというか……。
ちなみに、盛唐あたりで詩は複雑な事情などを切り落としてひとひらの趣きだけを漂わせたようになっていくのですが、趣き担当は詩になって、どこかごたついた前後の事情とかも入っている実用担当が駢文――みたいになっていくのかもです。
柳宗元
つづいては柳宗元です(ちなみに、韓愈・柳宗元などは、古文を再興したことでも有名ですが、官人としての仕事では駢文もそれなりに残してます。こちらは叛乱鎮圧の祝賀です……)
皇は耆して其武、溵に于いて淮に于く。既に巾いて車み出でて、蔡を環みて来たり。狡衆らは昏嚚にして、甚毒しきこと酲う如く、狂奔叫呶きたりて、おおいに大刑に下すべし――。
愬らも命を承りて、皇の御訓に于てゆく。既に礪くして攻め来たりて、厥の後に刃に下す。ならびたること嶷々として、熊羆きを用いて、勇を銜みて力を韜し、いよいよ殛り伏せるを思えり。
皇耆其武、于溵于淮。既巾乃車、環蔡具来。狡衆昏嚚、甚毒于酲。狂奔叫呶、以干大刑。
愬拝即命、于皇之訓。既礪既攻、以後厥刃。王師嶷嶷、熊羆是式。銜勇韜力、日思予殛。(柳宗元「奉平淮夷雅表 其一」「方城 其二」)
(実はこちらは一応は詩なのですが、もはやほとんど駢文なので、駢文に入れてしまいました)
まず、「溵水に于いて淮水に于く」の遠く距っている様子が、柳宗元の詩に似ています。さらに「既礪・嶷嶷」のするどく堅い雰囲気も柳宗元らしさを感じさせます……。
上苑にて年々に物華として、たちまちのうちに天涯に飄零て久しく――いつまでも龍城郡にいるので、庭の前には木槲の花ばかりが咲いているけれど――。
上苑年年占物華、飄零今日在天涯。祗因長作龍城守、剰種庭前木槲花。(柳宗元「種木槲花」)
こちらも「忽ちのうちに天涯に流れ来て(飄零今日在天涯)」の距たる様子があって、天涯(南の果てのほそい山崖ばかりな様子)もとても「嶷嶷・礪(礪:砥石)」に近いです。
さらに「勇を銜みて力を韜して(銜勇韜力)」も、「庭の前には木槲の花ばかりが咲いて――(剰種庭前木槲花)」のぎしぎしと堅い中にひらひらと明るい花がふくまれているような、ぼんやり薄明るいものを湛えている感があるというか……(柳宗元のするどいのにどこか嫋々とした色が入っているのが、すごく好きなんですよね)
白居易
つづいては、白居易です(実はかなりの駢文の名手だとおもいます)
鳴く鶴は陰処にいても、その声は外まで聞こえ、玄い豹は白霧の中にかくれて、その身をぬららかに耀かすと云うが、これは退蔵てでも想う所がある故で、縶ぎ止めるべきではない。
この景は道行がありて、官情には心をかけず、太守が挙たのは既に知るごとくして、蒲帛な聘も行われたが、夫子も好むとおりに生きたのも既に知られるごとくして、弓旌たる招みすらもみず、俗吏の労多きを厭いて、みずから巫家を名のりて自穢きたり。
これはみずから遜げて免ぞくためにして、これを取りたてて詐りの辜に落すのは、国中でも咎め得ぬことなので、罪にしてしまうのは良くないだろう。
鳴鶴処陰、声聞于外、元豹隠霧、楽在其中、此将適於退蔵、彼何強之維縶。景業敦道行、志薄宦情、太守以挙爾所知、将申蒲帛之聘、夫子以従吾所好、不顧弓旌之招、懼俗吏之徒労、引巫家以自穢。冀其言遜獲免、翻以行詐論辜。……天子尚不違情、功曹如何按罪。(白居易「得景有志行、隠而不仕、為郡守所辟、称是巫家、不當選吏。功曹按其詭詐、景不伏」)
これは少し状況を出さないとわからないかもですが、景というものがもともとみずから道行があって、官人になることは避けていたけれど、郡の長官から辟ばれることになり、みずから巫家の生まれゆえ官にはなれません――として断ったので、巫家などという嘘を云っているとして罪にかけられそうになって……という流れです。
みていて興味深いのは「太守は丁寧に招きて、それでも夫子は好むとおりにも生きていて(太守……将申蒲帛之聘、夫子以従吾所好)」みたいにそれぞれの思いがのぞいているところです。
この“それぞれの人の事情がのぞいている――”というのが、白居易の詩にもすごく似ています。
城上に鼕々と鼓が鳴りて、朝も衙坐にして晚も衙坐で、君のために慵不出、衙所まわりの花もみんな落ちてしまいました。
家はもともと陝西の生まれでしたが、いまは一たび河北に来りて、蕭條として歳が暮れて、洺州でひとり暮れたり。
城上鼕鼕鼓、朝衙復晚衙。為君慵不出、落尽繞城花。
家寄関西住、身為河北游。蕭條歳除夜、旅泊在洺州。(白居易「城上」「除夜宿洺州」)
外は雨にあったり雪になったり花が咲いたりしても、それぞれ事情があちこちに散らかっていて……みたいな感じが、すごく白居易らしいです。あと、余談だけど「蕭條として年が暮れて(蕭條歳除夜)」の雪まじりな夜がすごく好き……。
というわけで、初唐くらいから駢文でそれぞれの味わいなどが出るようになってきて、盛唐~中唐になると駢文も詩と同じような雰囲気を出していくようになります。
そして、趣き重視の詩・実務的なものを混ぜやすい駢文――みたいな分業がでてくるのかもです。かなり狭すぎる話ですが、お読みいただきありがとうございました。