先秦

秀韻と雄節

「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、清代末期の劉熙載の「枚乗の秀韻は宋玉に及ばないけど、その雄節はほとんど上回っている(枚之秀韻不及宋、而雄節殆于過之)」という評語についてみていきます(劉熙載『芸概』の「賦概」より)

 こちらの劉熙載という人は、清代末期のすごい批評家で、「素材になる想いを、どのように書いていくと良い作品になるか」をすごい重視して理論化しています。

劉熙載『芸概』について(本館記事)

 そして、宋玉は戦国末期、枚乗は漢代初期の人なのですが、宋玉は「秀韻」、枚乗は「雄節」がそれぞれ魅力的――とされているので、それぞれの秀韻・雄節らしさを紹介してみます。

宋玉の秀韻

 まずは、宋玉からです。

あぁ、あの高唐の大きな姿は、世の物に並ぶもの無くして、巫山がぎらぎらと雨に濡れて大きく、痩せて大きい巌を上ってみてみれば、大きく窪んだ谷に水がたまっている。

雨が晴れて光が刺せば、百谷の水がぞよぞよと流れ込んできて、さらさらざらざらとして音も潰れてしまい、がらがらさらさらとして白い浪ばかりが重なっている――。ぼやぼやどよどよとして四方にのびて、もよもよのろのろとして渦が終わらず、風がひとたび長く吹けばしらじらと波が起こり、小さな山がひとつ立ったようなのでした。

一つの高い瀾の峰ができたと思えば、海の上に石の柱が漂うかの如くして、がらがらごろごろとして石が流されて、からからと高く天まで響くような――、大きい石がざらざらとして洗われて、ぼこぼこと小さい泡が立って高くはねていて、薄い水霧が小さい浪を浴びていて、雲がまた低く雨をまぶしたようなのでした。

惟高唐之大体兮、殊無物類之可儀比。巫山赫其無疇兮、……登巉巌而下望兮、臨大阺之稸水。遇天雨之新霽兮、観百谷之俱集。濞洶洶其無声兮、潰淡淡而並入。滂洋洋而四施兮、蓊湛湛而弗止。長風至而波起兮、若麗山之孤畝。……崒中怒而特高兮、若浮海而望碣石。礫磥磥而相摩兮、巆震天之磕磕。巨石溺溺之瀺灂兮、沫潼潼而高厲。……奔揚踴而相撃兮、雲興声之霈霈。(宋玉「高唐賦」)

 宋玉の名品といえば「高唐賦」、その中でもとりわけ美しいのがこちらとされています。かなり意訳してしまったけど、雰囲気はたぶんこんな感じです。

 これをみていると思うのが、まずほとんど同じ様子の繰り返しなんですよね。ずっと白波が立って大きい石を洗っているような、薄い霧がまだ残って、水気が立ち籠めているような雰囲気がずっと出てきます。

 とくに「巫山はぎらぎらとして大きく濡れていて(巫山赫其無疇兮)」の「赫(ぎらぎら濡れて光っている)」が、「雨が晴れて光が刺せば(遇天雨之新霽兮)」の濡れた耀きと重なっているのがすごくおしゃれです。

 あと、「がらがらごろごろと石が流されて(礫磥磥而相摩兮)」「大きい石がざらざらと洗われて(巨石溺溺之瀺灂兮)」みたいに、わずかに石の様子を変えただけだったり、「ひとつの瀾の峰ができたと思えば(崒中怒而特高兮)」「からからとして石の音が天まで響いて(巆震天之磕磕)」の高らかさが重なっていたり……みたいに、いろいろな雰囲気で韻を踏んでいるみたいな。

 この雰囲気は、宋玉の別の作品でもなんとなく似ています。

冷たい薄霜がさらさらと下りて、心はしだいしだいに冷え荒んでいくので、さらに淡い雪がひらひらと街を覆っていけば、命運のようやく窮まっていくのを思い、それでも良き事の待っているのを願えば、ぼやぼやと野の枯草ばかりがみえていて、その路をどこかに行こうとすれば、道の先にはまた枯れ草ばかりが高く茂っているのでした。

霜露慘淒而交下兮、心尚幸其弗済。霰雪雰糅其増加兮、乃知遭命之将至。願徼幸而有待兮、泊莽莽與壄草同死。願自往而径游兮、路壅絶而不通。(宋玉「九辯」)

 このわずかな中で、たびたびの路を塞ぐような枯草・白々降ってくる霜雪が、なんとなくさっきの水と石に似ていませんか……。これをみていると、劉熙載の云う「秀韻」って、たぶん流れるように優美な韻を重ねるような味わい――ということかもです。

宋玉  淫麗優美な美文家(本館記事)

枚乗の雄節

 つづいては、枚乗です(ぼんやりとした不調に悩む大貴族への遊びの誘いだとおもってみてください)

八月の満月の夜に、遠くの諸侯の兄弟たちと、さかのぼる濤を見る――という遊びはいかがでしょう。まだその濤を見ないうちから、さらさらそよそよという響きばかりがして、心もぞわぞわと波立つばかりなのですが、いざその馳せる馬の如きもの、一つ抜き出るごときもの、ぼこぼこと泡をうかべたもの、のよのよと低く溜まったもの、ざらざらと洗う如きものなどをみれば、何か喩えようとしても、ただぼやぼやと目の前を濤たちが躍るばかりなのです。

ぼんやりどんよりとして、ひやひやそよそよとして、ごもごもどろどろ、ぼろぼろぞよぞよとして、どろどろ崩れる浪がだらだら延びていき、ぞろぞろと白くつづいていくので、がらがらと流れに任せて下りていくような、どこまで流れていくのかも知れぬような。

或いはもよもよと低く曲がって、忽ちにしてゆらゆらと重なってつづくので、胸の奥をざらざらと流し去る如くして、腹の内がさらさら淀みを落とされたような気がして、するりと目が覚めて、濁りを捨てたような――。そんなとき、きっと溜まり切った病なども流れ出して、縮こまった手足なども蘇り、長年塞がれた目や耳なども通じるので、もはや僅かばかりの二日酔い、むね焼け如きは云うまでもございません。

将以八月之望、與諸侯遠方交游兄弟、並往観濤乎広陵之曲江。至則未見濤之形也、徒観水力之所到、則卹然足以駭矣。観其所駕軼者、所擢抜者、所揚汩者、所温汾者、所滌汔者、雖有心略辞給、固未能縷形其所由然也。怳兮忽兮、聊兮慄兮、混汩汩兮、忽兮慌兮、俶兮儻兮、浩瀇瀁兮、慌曠曠兮。……汨乗流而下降兮、或不知其所止。或紛紜其流折兮、忽繆往而不来。……於是澡概胸中、灑練五蔵、……揄棄恬怠、輸寫淟濁、……當是之時、雖有淹病滞疾、猶将伸傴起躄、發瞽披聾而観望之也。況直眇小煩懣、酲醲病酒之徒哉。(枚乗「七發」)

 枚乗といえばこれ――というくらい有名なものを選んでみたのですが、実はさっきの宋玉と似ている場面になっています(擬態語をたくさん用いるスタイルも似ています。宋玉は「潰淡淡・滂洋洋」、枚乗は「混汩汩兮・浩瀇瀁兮」など)

 ですが、枚乗って、「まだその濤の姿を見ないうちから、ぞよぞよと濤の音ばかりがして、ざらざらと心のうちを揺らすようなので(至則未見濤之形也、徒観水力之所到、則卹然足以駭矣)」みたいに、いきなり不気味なほど大きいものをぶつけてくる感じがあります。

 しかも、濤の姿を見ないうちから心がざわざわと揺らされるようで、いざ濤をみてみればその様子を喩えようとしてもごもごもぞよぞよと不気味に大きく揺れつづける様子に呑まれてしまい、まるで追いつかない……みたいに、いよいよ大きく異様なものが押し寄せてきます。

 さらに「これをみていると、長年の積もった病すら流れ落ちていき、曲がった手足なども戻っていくのですから、まして二日酔いのもたつき如きは云うまでもありません(當是之時、雖有淹病滞疾、猶将伸傴起躄、……況直眇小煩懣、酲醲病酒之徒哉)」みたいに、いきなり大きいことを云うんですよね。

 この突然大きいものがぶつかって来る感が、すごく枚乗っぽいのです。というわけで、もう一つ短い例をみてみます(こちらは、枚乗が仕えていた呉王が反乱を企てていたので、それを諫めたものです)

わずか一筋の糸で1000kgの重りを吊るして、それをとんでもない高さに掛けて、下には底の見えない淵があれば、どれほど愚かな人でもその危うさを知るでしょう。糸が切れてしまうと結び直せず、淵に沈めば再び取り出せません。もっとも、その取り出せるか否かはわずかな違いなのですが――。

もしこのまま事を運ばれては、積み上げた卵より危なく、天に上るよりも難しいですが、考えを改められるのは、手のひらを返すごとく容易く、泰山よりもおだやかな道でしょう。今、天より授かった命運を保ちて、無窮の楽しみを得ているのに、手のひらを返すごときことをせず、泰山の安穏さを捨てて、わざわざ積み上げた卵に乗りて、天まで上ろうとされるのは、私の大いに悩まされることでございます。

以一縷之任係千鈞之重、上懸之無極之高、下垂之不測之淵、雖甚愚之人猶知哀其将絶也。……係絶於天不可復結、墜入深淵難以復出。其出不出、間不容髮。……必若所欲為、危於累卵、難於上天、変所欲為、易於反掌、安於泰山。今欲極天命之上寿、弊無窮之極楽、……不出反掌之易、居泰山之安、而欲乗累卵之危、走上天之難、此愚臣之所大惑也。(枚乗「上書諫呉王」)

 枚乗って、いい意味で慇懃無礼なんですよね(すごく好き笑)

 こちらも、いきなり「一本の糸で1000kgの重りを吊るせば……(以一縷之任係千鈞之重)」みたいな極端な比喩が出てきて、しかもその真意を見せきらないまま、つぎの「淵に沈んでしまえば、二度と出て来られません(墜入深淵難以復出)」とか「積み上げた卵より危ないのです(危於累卵)」みたいに、怪しげな比喩だけがつぎつぎとぶつかってきます。

 この人を驚かすような、突然大きい音が襲ってくるような感じが「雄節(雄邁なリズム)」なのかもです。というわけで、すごく狭い話でしたが、「宋玉の秀韻、枚乗の雄節」って、たぶんこういう雰囲気のことですね。

詭弁詩人 枚乗

 かなり独特な記事になりましたが、お読みいただきありがとうございました。

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ぬぃ
こちらでは、中国文学のやや深く狭めな話をのせていきます(もっと分かりやすい話は、下のリンク先にあります♪)

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