先秦

『周礼』は燕斉うまれ?

「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、『周礼』について、勝手に思っていることをかいていきます。ちなみに、『周礼』は、おそらく戦国末期につくられた周代官制の記録です(堅そうにみえて、じつはけっこうあやかしとかがたくさん出てきて、しかも独特な造語がおもしろいです)

 ところで、わたしは『周礼』をなんとなくみていて、すごく燕斉(いまの河北・遼寧・山東省あたり)の雰囲気を感じたので、ちょっとそれについてになります。

参考:周礼 妖の古代世界(本館記事)

文体

 まずは『周礼』の文体についてなのですが、これがすごくめずらしい形なのです。かなり変な訳し方だけど、これが異様さを感じやすいので今回限定でいきます。

瘍医うみのいしゃ腫瘍さけたうみ潰瘍たまったうみ金瘍きずのうみ折瘍つまったうみ祝薬さしぐすり劀殺うみぬきの加減をつかさどる。

瘍医:掌腫瘍・潰瘍・金瘍・折瘍之祝薬劀殺之斉。(『周礼』天官・瘍医)

 これ、異様にひとつの句が長いんですよね。しかも腫瘍さけたうみ潰瘍たまったうみ金瘍きずのうみ折瘍つまったうみ祝薬さしぐすり劀殺うみぬき」みたいにかなり長く横に並べる感じがあります。

 でも、中国の文章で、ひとつの句がこんなに横並びに長いって、あまり見ないんですよね……(こちらは同じく戦国期の『荘子』です)

紀渻子は、王のために闘鶏用のとりを育てていた。十日ほどして「どんな感じだ」と訊かれたので、「まだですね、気が粗くて息巻いております」と答えた。もう十日して聞かれたので、「いえ、まだです。ほかの鶏の声や姿をにらんでいます」と答えた。

さらに十日してきかれたので「もう少しですね、ほかの鶏をちらちら気にしてみています」と云った。さらに十日して「ようやくできました。まわりで鳴く鶏がいても、まるで見向きもせず、木鶏きぼりのとりのようです。これこそ最も良きものにして、向かうところ敵なしです――」と答えた。

紀渻子為王養闘鶏。十日而問「鶏已乎?」曰「未也。方虚憍而恃気。」十日又問。曰「未也。猶応嚮景。」十日又問。曰「未也。猶疾視而盛気。」十日又問。曰:「幾矣。鶏雖有鳴者、已無変矣、望之似木鶏矣、其德全矣、異鶏無敢応者、反走矣。」(『荘子』達生篇より)

 まぁ、内容はさておき、横に長く並べていないです。でも、『周礼』にはかなり横にたくさん並べる例が多いです。

職金:金・玉・すず・石・丹青いろいしのことをつかさどる。収められたものは、その媺悪よしあし数量かずをしらべて、ふだにかいてしまっておく。金・錫などは兵具庫に入れて、玉石・丹青などは守蔵庫にいれておく。

禁暴氏:民のなかで暴れて力正おしとおすような者、撟誣うそをついて悪事をするもの、作言語而不信者ひとをだましてばかりなものなどを捕まえて、罰する。

職金:掌凡金玉・錫石・丹青之戒令。受其入征者、辨其物之媺悪與其数量、楬而璽之。入其金錫于為兵器之府、入其玉石・丹青于守蔵之府。(『周礼』秋官・職金)

禁暴氏:掌庶民之乱暴力正者・撟誣犯禁者・作言語而不信者、以告而誅之。(『周礼』秋官・禁暴氏)

 このふたつの例でも、けっこう横に長い句が多いです。わたしがとくに気になるのは「しらべる其物之媺悪與其数量そのもののよしあしとかず」で、ふつうだったら「しらべる其媺悪與数量そのよしあしとかず」みたいに短くできそうなのに、なぜか其物之そのものの」みたいなやや間延びした字が入っています。

 さっきの「腫瘍・潰瘍・金瘍・折瘍祝薬劀殺斉」も、よくみると「」が二回も出てきていて、「乱暴力正者・撟誣犯禁者・作言語而不信者」の「者」三回にすごく似ていませんか。

 ちなみに、この横に長くなる感じって、実は平安時代の日本でつくられた中国風の文章によく似ているんですよね。こちらは平将門の乱(940年)のときに、民間の義軍をあつめる官符です。

わずかばかりの井底いのなかを知りて、海外うみのそとの守りを忘れることは、開闢くにうみ以来、本朝のなかで、反逆の甚きものなれど、いまだにかくのごとくしてあろうこと異心之志ふたつごころのおもいを懐きて、かなしくも殄滅之殃ほろびのわざわいに遭いたることはならぶこと無し――。しかし、皇天てんはおのずから天誅ばつを下し、神明くにつかみ神兵あめのつわものを出だせば……

独知井底之広、空忘海外之守。開闢以来、本朝之間、叛逆之甚。未有此比適懐異心之志、空遇殄滅之殃。皇天自可施天誅、神明何有秘神兵。(『本朝文粋』巻二「太政官符 東海東山道諸国司 応抜有殊功輩加不次賞事」)

 これも内容はさておき、「開闢くにうみ以来、本朝之間において、叛逆甚」みたいにかなり長いんですよね。逆に、さっきの鶏の話では「鶏雖有鳴者ほかのとりがないても已無変矣そのとりはとりあわず望之似木鶏矣みればかれ木のごとくなり」みたいに、かなり短く一つの場面(他の鶏が鳴く、木彫りの鶏の如し)みたいに終わっています。

 あと、「未有此比適懐異心之志、空遇殄滅之殃」の「此比(このようにして並ぶ)」「異心之志(二つ心の想い)」とかって、もはや「比(並ぶ)」「異心(ふたごころ)」でも良くないですか……。

和習 「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、和習(詩・文章などにみられる日本人っぽさ)についてで...

 日本語で「~~以来の」「この……みたいな」「~~で……なもの」みたいな口調に引きずられて、なんとなく「」「このような」などを多用してしまうとすれば、日本語mixの中国ふう文体ということになります。

 ちなみに、戦国期あたりの中国東北部~朝鮮北部では、濊貊わいはく沃沮よくそなどの日本語と文法が似ている民族がいたらしいので、もしかすると燕(河北~遼寧省)あたりでは、そういう言い回しが混ざっていたのかもです(「之:の」「與:~~と……」などがやや多いみたいな)

地理

 つづいて、『周礼』では夏官・職方氏(地図・各地の産物などの管理係)のところで、中国を九つに分けているのですが、その分け方がけっこう独特なのです。

 先秦期の地理として、同じく有名な『尚書』禹貢とならべてみたのですが、左にある『周礼』ver.では、并州(山西省北部)・幽州(遼寧~山東省沿岸部)があります。一方で、もうひとつのver.では、徐州(江蘇~安徽省)・梁州(四川~雲南省)が入っています。

 これをみただけでも、『周礼』ver.は東北に詳しくて、西南に疎いのがみえてきます。しかも、興味深いのは、幽州が遼寧~山東省沿岸部、えん州が山東省内陸部、青州が山東省南部みたいに、このあたりだけ異様に細かいんですよね……。

 たぶんだけど、燕斉あたりの人が、幽州・并州はイメージできたけど、四川~雲南だったり、江蘇~安徽あたりはあまり詳しくなくて、縮尺がよくわからないまま作ってしまったような気もしなくはないですよね……(まぁ、これは昔から云われているらしいですが)

祭祀用語

 つづいては、『周礼』だけに出てくる用語なのですが、じつは祭祀関連のものがとても多いのです。

女祝:まねきふせぎ大やらい小やらいの事をつかさどり、疾殃わざわいを除く。

女祝:掌以時招・梗・禬・禳之事、以除疾殃。(『周礼』天官・女祝)

 わずかにこれだけでもまねき」が福を招く祭り、「ふせぎ」が災いをふせぐ祭り、「大やらい」が災いが起こったのでけずり倒す祭り、「小やらい」が異変を追い払う祭りです。とくに「禬・禳」で同じ追い払う系でも、災厄を祓うのか小さい異変を払うのかで、わざわざ違う祭名になっているのが、すごく不思議じゃないですか。

土訓:地図や地のあしきものをつたえて、その地の物を調べたりする。

土訓:掌道地図、……道地慝、以辨地物而……(『周礼』地官・土訓)

 これは「地慝(地のあしきもの)」がすさまじいです。その地にいる毒物だったり、在地の呪術でつくられた悪しき物が「地慝」らしいのですが、その土地土地にいる不気味なものたち――なんていうニュアンスが、わざわざ一つの用語になっているのがすごく濃厚な世界です。

 やや余談だけど、かなり前に白川郷にいったときに、山間地での暮らしの道具がたくさん展示されていて、これは二人用ノコギリ、小枝用ナタ、小さい木用ノコギリ……みたいに分かれていて、ふつうはノコギリとして一括りにしてしまうものが、ノコギリが身近だとこんなに細かく分かれるのか……と驚かされたのですが、たぶん『周礼』の作者って、祭祀がすごく身近だったのかもです。

大宗伯:賓礼によって邦国くにぐにをなつかせる。春に東の国が来るのを「朝」、夏に南の国が来るのを「宗」、秋に西の国が来るのを「覲」、冬に北の国が来るのを「遇」と云い、新たに従った国が会いにくるのを「會」、四方の国がまとめて来るのを「同」という。

大宗伯:以賓礼親邦国、春見曰朝、夏見曰宗、秋見曰覲、冬見曰遇、時見曰會、殷見曰同。(『周礼』春官・大宗伯)

 これも一応、儀礼についてなので祭祀用語としていいかもです。わざわざ祭儀にいろいろな名がつけられているのが、なんとなく祭儀がすごく身近で、いろいろな祭儀をイメージできた人なのかも……みたいにみえてきませんか。

奇秘的な体系

六の体系

 そして、『周礼』って、さきほどの祭儀のまとめ方がかなり異様なのです。まず、『周礼』はとにかく「六」を大事にします。

 そもそも、周代の官制は六つに分かれていたとして、天(宮)・地(民)・春(祭)・夏(兵)・秋(刑)・冬(工)みたいに分けているのですが、この六というのが不思議な歪みを生んでいきます。

 中国では、春秋期あたりから「中央&四方」として、東(春・青)・南(夏・赤)・西(秋・白)・北(冬・黒)・中央(黄色)みたいな感覚があったのですが、『周礼』は六つセットなので、これをやや歪めて用いています。

大宗伯:六つの玉器をつくって、天地と四方を祀る。蒼いまるいたまで天を祀り、黄色いはっかくで地を祀り、青くてほそながい玉で東を祀り、赤くてみじかい玉で南を祀り、白いとらがたで西を祀り、くろひらたまで北を祀る。

大宗伯:以玉作六器、以礼天地四方。以蒼璧礼天、以黄琮礼地、以青圭礼東方、以赤璋礼南方、以白琥礼西方、以玄璜礼北方。(『周礼』春官・大宗伯)

 まず、「東の青」と「天の蒼」で、青が二回になっています。しかも、天は円いのでまるいたま、地はどっしりしているのではっかく、東はすくすく育つ春なのでほそなが、南はしだいに枯れていく夏なのでみじかい玉、北は雪に閉ざされる冬なのでたいら――はまだ分かるけど、西はきびしい秋風なのでとらがた(虎形)だけはやや浮いてます。

 このやや無理やりな歪んだ体系が、すごく『周礼』にはたくさんあります。

亀人:六つの亀たちをつかさどる。六つの亀にはそれぞれ名があり、天亀を「霊型」、地亀を「繹型」、東亀を「果型」、西亀を「雷型」、南亀を「獵型」、北亀を「若型」という。それぞれ体の色や形で分けられていて、亀室にしまっておく。

亀人:掌六亀之属、各有名物。天亀曰霊属、地亀曰繹属、東亀曰果属、西亀曰雷属、南亀曰獵属、北亀曰若属。各以其方之色與其体辨之、……各以其物入于亀室。(『周礼』春官・亀人)

 この亀の分類は、どうやら甲羅の形と色でされているらしいです。でも、ここでは天亀はあおぐろい、北亀は黒い――みたいになっています。あと、亀の甲羅のかたちが、なぜ「繹型・果型・雷型」みたいに云われるのか、正直かなり謎なんですよね……。

 たとえば、反り上がった甲羅の亀は「下から上へ向かっている」ので地亀で、それが「繹型」とよばれるのは、えきえき(下から上に刺すような)と音が似ていたので、本来は「射型」ということで……みたいな感じです。

 あと、東はよく育つ春のようなので、甲羅が前ばかりせり出して、うしろは短いような亀は「東亀」で、うしろははだかで、は音が似ているので、果型は「はだか型」のこと……みたいにされています。

 まぁ、あまり分からないような奇妙な名がつけられているのですが、このぐちゃっている感が『周礼』らしいです(とんでもなく古めかしい云い回しの名だったのかも笑)

六代の祭儀曲は、一変して羽物とりたち及び川澤のかみを呼び、再変して臝物あらけだものおよび山林のかみをよびだし、三変して鱗物さかなたち及び丘陵おかかみをよんで、四変して毛物けものたち及び墳衍ぬまちかみをよんで、五変すれば介物からのもの土示つちのかみをよんで、六変で象物ふしぎなもの天神てんのかみをよぶ。

凡六楽者、一変而致羽物及川澤之示、再変而致臝物及山林之示、三変而致鱗物及丘陵之示、四変而致毛物及墳衍之示、五変而致介物及土示、六変而致象物及天神。(『周礼』春官・大司楽)

 これも六なのですが、ここの六は「六回変わる」の六です。六代(黄帝・尭・舜・夏・殷・周)の祭儀曲は、なぜか黄帝だけ「雲門・大巻」のふたつがあるので、ぜんぶあわせて七曲あります。なので、その祭儀曲をすべて終えると、“曲が六回変わり”ます。

 ちなみに、「雲門」は黄帝の徳が雲のごとく涌き出してくること、「大巻」はその徳が民を大いに巻きこむことらしいです。この無理やり六に合わせてあるけど、もとは未整理だった感があるって、すごく「技芸わざ」の理論に似ているんですよね。

不規則な体系

 たとえば、風水術は山々のなかを流れているエネルギーが涌きだしているところに居を構えれば、その恩恵を受けられるので、よい地形を探す――というのが基本なのですが、しだいに地形以外のものが入りこんできます。

朝鮮の平壌は、行舟形として、川にうかぶような地形だった。行舟形の街は、舟に多くの荷を積むように栄えるとされているが、いかりがないと流されていってしまうので凶になる。

平壌では、鉄でできた大碇を大同江にしずめておいたのだが、大正十二年にその大碇を引き上げてしまい、まさかその年に平壌市は大洪水に見舞われることになった。こんなに大きな洪水が起こったのも初めてだったので、やはりあの大碇は大事なものらしいとされて、ふたたび大同江にしずめられて、行舟形はふたたび落ち着いたという。(村山智順『朝鮮の風水』255,287頁)

 ……山々の形をなぜか鉄製の碇でどうにかできてしまうのが、未整理で不規則なままぐにょぐにょと姿を変えていく「技芸」っぽくないですか……。

 さらに、行舟形の地では、櫓があればさらに良い(上の図では櫓が三つあるタイプ)、金鶏抱卵形では鶏が多くのたまごを温めるように、多くの人々をそだてる街になる――みたいなふうに、山の形でいろいろな分類が生まれてきています(写真は『朝鮮の風水』257頁)

 この“整理したいのに不規則”というのが、『周礼』にはかなりたくさん出てきます。

典同:かねというのは、うえがおおきいとごろんごろんしていて、まったいらだとぼやけていて、たれているととっちらかって、ふにゃらけているとまとまらずぐなぐなしているとこもっていて、まのびするとだらけがち、ちいさすぎるとしずかすぎ、まるすぎるとねばついていて、へんなかたちだとしゃらしゃらしてて、ぼってりしてるとこもりがち、薄すぎるとしゃりしゃりしすぎ、厚すぎるとやぼったい

典同:凡声、高声䃂、正声緩、下声肆、陂声散、険声斂、達声贏、微声韽、回声衍、侈声筰、弇声鬱、薄声甄、厚声石。(『周礼』春官・典同)

 この綺麗に「高・正・下」とならんだあとのふにゃらけるぐにゃつく」だったり「しゃらしゃらぼってり」とかが絶妙に未整理です。鍾の形でクセ(良くない)とされるものをたくさん並べているのですが、このわずかなニュアンスのちがいが、祭儀でいろいろな鍾を叩いて、こまかい病に気づくようになった感があります。

 あと、鍾つながりで一つ気になるものをみてみます。

磬師:ほろほろとした曲・ゆったりとした曲の鐘磬かねを教える。祭祀のときは、ほろほろとした曲を用いる。

磬師:教縵楽・燕楽之鐘磬。凡祭祀、奏縵楽。(『周礼』春官・磬師)

 これのどこが……みたいになりそうですが、実は「縵楽(ほろほろした曲)」というのが、かなり雰囲気重視になっていて、縵(薄ら模様の絹織物)のようにほろほろとやわらかくいろいろな鍾などがまざりあった音――みたいな、こういう名づけ方が、すごく技芸用語に似ているんですよね(笑)

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薙氏:雑草を殺す。春に生え始めたものはわかいうちにころし、夏になったらねこそぎて、秋にみのったらかりおとし、冬になったらすきかえしてうめる。

薙氏:掌殺草。春始生而萌之、夏日至而夷之、秋縄而芟之、冬日至而耜之。(『周礼』秋官・薙氏)

 ……これ、わざわざ細かく分けるのがすごく不思議じゃないですか……。とくに「春始生(春に生え始めたら)」「秋縄(秋に雑草の実ができたら)」みたいな微妙なニュアンスを入れてくるのがすごく好きなんですよね(実用性だけなら「春日至・秋日至」でいいはずなのに)

 この雑草用語みたいなのがやや混ざってしまって、しかも「萌(若草)」で若いうちに殺す、「耜(き返す)」で凍った土に埋めてしまう――みたいな、実際の様子が滲むのがいいと思いませんか。

荒唐無稽趣味

 もっとも、さきほどの雑性用語は無理やり整理されているほうなのですが、もはや整合性がまったく無い技芸わざもでてきます。

硩蔟氏:あやしい鳥の巣を取りのぞく。いたの上に、その日の干支・月名・年名・二十八宿をかいて、その巣の上に懸けておくと、妖鳥は去っていく。

硩蔟氏:掌覆夭鳥之巣。以方書十日之号・十有二辰之号・十有二月之号・十有二歳之号・二十有八星之号、縣其巣上、則去之。(『周礼』秋官・硩蔟氏)

 もはや民間呪術みたいになっているけど、この未整理な術だったり、妙にゆがんだまま無理やり六つにまとめられていたりするのが『周礼』の雰囲気かもです。そして、この「渾沌と整然の間」みたいな感が、すごく戦国~漢代の燕・斉あたりの方士ふうです(方は「方術」のことで、祭儀・不老長生・降霊術・医薬などが混ざっているあやしげな術を用います)

 方士といえば、泰山(山東省の霊山)での封禅あめつちのまつりなのですが、前漢の封禅で用いられた「玉牒書(祝詞を刻んだ玉の板)」って、くわしい方法が不明だった封禅のはずなのに、『周礼』秋官・職金の「上帝を祀りに行くときは、祝詞をかいた金版をだす(旅于上帝、則共其金版)」によく似ているんですよね。

 あと、方士の少翁が「神を呼びこみたいと思うのでしたら、宮室の調度も神々の居所いどころに似せなくてはなりません(欲與神通、宮室被服不象神、神物不至)」みたいに云うので雲気くも模様の調度品をつくるのですが、『周礼』春官・司尊彝の「再献にどめの敬酒には、ふたつの山尊やまさかつぼを用いる。いずれもくももようがある(其再献用両山尊、皆有罍)」に似ていませんか。

 もっとも、「罍(雲模様の酒壺)」は他のところでも出てくるのですが、『周礼』のときって「山雲のごとき模様の酒壺(山尊)に、さらにらい(雷雲のごとき雲模様)がある」とか、雲感がすごく濃く出されているというか(なんか雲模様をすごく重んじる感性っぽくないですか。ちなみに方士の話は全て『史記』封禅書より)

 もう一つ、奇怪すぎるものをみてみます。

草人:土をくして作物に合わせる。獣骨の煮汁をまぜるときは、あかくてかたい土には牛骨、赤緹あかみが濃いときは羊骨、墳壌ふやふやとやわらかい土は大しか骨を用い、渴澤かれぬまは鹿骨を用い、鹹潟しおだまりたぬきを用い、勃壌ぼそぼそ土は狐を用い、埴壚しょろしょろねばっこい土ぶたを用い、彊㯺ごそごそこわい土あさを用い、軽爂ほそほそしている土は犬を用いる。

草人:掌土化之法以物地、……凡糞種、騂剛用牛、赤緹用羊、墳壌用麋、渴澤用鹿、鹹潟用貆、勃壌用狐、埴壚用豕、彊㯺用蕡、軽爂用犬。(『周礼』地官・草人)

 獣骨の煮汁を肥料として土にまぜこむ効果についてなのですが、この土の様子がもはや味わい深すぎませんか……。とくに「渴澤(涸れ沼)」「勃壌(ぼそぼそ土)」あたりがすごく土を見慣れた感性です。この荒唐無稽なのに、どこか筋が通ってそう――というのが、とても方士ふうです。

終わりに・余談

 というわけで、すごく無理やりな雑感なのですが、『周礼』って、じつは燕斉訛りの文体だったり、燕斉あたりの地理に詳しかったり、燕斉の方士みたいなあやしくて未整理なのにふしぎな体系をもっている術が出てきたりと、かなり燕斉っぽい匂いを帯びている気がします(たぶん)

 あと、すごくどうでもいいけど、『周礼』では「惟王建国、辨方正位、體国経野、設官分職、以為民極(王が国を建てるときは、四方の位を正しうして、国をととのえて野をととのえ、官を設けて職を分けて、民をただしくさせる)」というのがよく出てきます。

 その中で、「四方の位を正しくして(辨方正位)」が妙に不規則な地形をむりやり整然と固めた感があったり、「国を整えて野を整え(體国経野)」がなんとなく野(田舎)を想定していて、先秦の「野」ってほんとうに何もないところみたいなイメージなので、なんか『周礼』だけ野の豊かさを知っている――みたいな雰囲気をおびている気がするというか(山海原隰に雲蒸霧起する神々みたいな)

 まぁ、いろいろ不明なことは多いですが、とりあえずの雑感をまとめてみました。お読みいただきありがとうございました。

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ぬぃ
こちらでは、中国文学のやや深く狭めな話をのせていきます(もっと分かりやすい話は、下のリンク先にあります♪)

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