目次

目次

 記事が増えすぎると、いろいろ見づらくなってくるかもなので、時代ごとに分けて、だいたいの内容をまとめてみました。

 興味のあるところからでも、ご覧いただけると嬉しいです(本館の記事をみている前提のが多いです)

先秦~漢代

『周礼』は燕斉うまれ?
 すごく雑感ですが、『周礼』はじつは燕斉(山東~遼寧省)あたりで生まれたのかも……みたいな話です。そういえば、成立時期を話題にする人って多いけど、成立した地域をしらべている人ってあまり見ないですよね(まぁ、分かったからといって何もないからかもですが)

秀韻と雄節
 清代末期の劉熙載は「宋玉の秀韻、枚乗の雄節」というふしぎな評を残しているので、それぞれのどんな雰囲気が、それらしいかをみてみます(秀韻:優美なひびき、雄節:雄邁なリズム。ちなみに、私はどちらも好きです……)

六朝

先秦と六朝駢文
 先秦のやや未整理な文体が、どのように六朝の駢文まで生き残っていたか――という話です。実は駢文って、当時の人にとっても、かなり不自然な擬古文というイメージだったのかも……とか思っています。

辺鄙な風物
 六朝の南斉~梁あたりでは、任官されて地方にいったときのめずらしい風物を詠んだ詩がいくつかあって、それがすごく味わい深いので紹介してみます。どうでもいいけど、田舎の土手とかって、川のそばに木がいくつも生えていたりするんですよね笑。

神弦歌
 東晋ごろの南京あたりのやや田舎のほうで、里神楽として土着の小さい神々を祀っていた神弦歌です(とても味わい深い隠れ傑作。無害だけど妖しい神々って、すごく魅力的じゃないですか……)

半古半律のうねうね感
 六朝末期~初唐の、どこか律詩っぽいような、まだ未整理な古詩のような「半古半律」についてです。「場面説明+いろいろな描写+締めの一言」の中で、かなり不規則にうねうねと曲折しているのが、とてもおしゃれで豊かな世界です♪

隋 煬帝の詔勅
 隋の煬帝の詔勅って、がたがたと荒れて険しいものをどろどろぎしぎしとへし折りながら呑み込んでいく凄まじさがあって、なんとなく六朝の終わりに大きく無理やりまとまっていく感に似ているなぁ……的な記事です。

唐代

初唐末期の駢文
 初唐四傑(600s後半に活躍した王勃・楊炯・盧照鄰・駱賓王)の少しあとに出てきた則天武后期(600s末~700s初め)の駢文についてです。この時期は、四傑ふうの味わいを宮廷での行事などに混ぜているのかもです。

盛唐~中唐の駢文
 このころの駢文は、空疎な儀礼用文体というより、じつはむしろ公的で実務用文体として、かなり雰囲気が多彩になっていて、しかも詩とリンクするような味わいになっていたのかも……という話をしています。

韋応物 多情の道人
 韋応物は自然描写でとても有名ですが、じつは官人としての贈答詩にすごく名品が多くて、しかも六朝の民謡みたいな多情さがすごく魅力的――というのを、かなり詳しく紹介していきます。

宋代

元豊年間の蘇軾
 元豊年間(1078~84年)の蘇軾は、草茫々の荒れ地ばかりの黄州に送りこまれていて、もはやみずから荒れ地を切り開いてなんとか生き延びている……というほどだったのですが、どんなに形が悪くても、世間体が悪くても生きているねちっこい不気味さがすごいです。

明清

洪亮吉の五言絶句
 洪亮吉の五言絶句は、葦のつづいている不気味さだったり、白っぽい石が涸れて立っている感じだったり、まわりの山々が少しだけ低く凹んでいる感じだったりと、すごく多彩な質感を題材にしている気がします――みたいな話です。

乾隆帝時代の詩壇
 洪良吉は、同時期の詩人100人を評しているのですが、かなり変わった評をつけていることも多いので、こちらでは紀昀・趙文哲・凌廷堪の三人をみていきます。それぞれ独特な感覚が綺麗です。

乾隆帝時代の詩壇 Ⅱ
 洪良吉の同時代評シリーズです。こちらでは、孫原湘・呂星垣・呉錫麒についてみていきます。清代の詩人って、それぞれ光や色合いの感性が多彩で、しかも微妙に質感が違っています……。

閲微草堂筆記 隠れ傑作選
 清代の紀昀『閲微草堂筆記』は、すごく魅力的な怪談がたくさん収められています。なので、私が好きなものを幾つか選んでのせてみました。こちらでは、あまり怖くない系の、ちょっと不思議な話を多めにしてみました。

閲微草堂筆記 隠れ傑作選Ⅱ
 紀昀の『閲微草堂筆記』の中から、ちょっとグロめ&不気味な話をいくつか選んでみました。私としては、けっこう怖いものがあるかもなので、そこそこ閲覧注意です(いままで自主規制していました笑)

袁枚の駢文
 清代の袁枚についてです。袁枚の駢文って、六朝ふうというよりも、先秦だったり、漢賦だったり、もちろん六朝だったり、色々な様式を混ぜたようなスタイルになっていて、清代の中でも、ひときわ大きな異彩を放っていて素晴らしい――みたいに褒めまくります♪

王闓運の対聯
 晩清の王闓運は、詩がすごく有名ですが、実は対聯でも似たような作風になっていて、すごく魅力的――という話です。王闓運って、ぐねぐねぎらぎらと重く濁っていて極彩色(少し鈍い色も入っている)みたいなイメージがあります。

日本

『春雨物語』の和漢半分
 上田秋成の『春雨物語』では、平安初期あたりに「公的な漢文、私的な和文」というふうになったのが、どうやら平安以降の和漢のすみ分けになっているらしい――みたいな話をしているのかもです(ものすごく謎が多いけど)

『春雨物語』の平城天皇
『春雨物語』での平城天皇についてです(といいつつ、もはやほとんど藤原薬子についてですが)平城天皇&薬子って、その頃からみてやや古めかしい感性だった二人だったのかも……(平城天皇は、なんとなく地方重視の素朴&アナログ型の感性というか)

白鳳~平安初期の詔勅
 白鳳(藤原京時代)~平安初期の詔勅についてです。白鳳期の自然の匂いがする詔勅から、天平(平城京時代)の大がかりで熱っぽい詔勅、さらには平安初期の官制が固まったつめたさ――みたいに変わっていくかもです。

桓武天皇の詔勅
 桓武天皇の詔勅は、じつはかなり隋の煬帝に似ているのかもしれない……みたいな話です。まぁ、煬帝をみていたというより、たまたま雰囲気が似てしまったのかも――というのが近いかもですが、興運期の激しさ・すさまじさがすごく印象的です。

白鳳~平安初期の詩文
 白鳳(藤原京時代)~平安初期の詩についてです。このころって、中国からいろいろなものが入ってきて、まだ整理が追いつかず、一部をすっ飛ばしつつどこかごたごた感もありつつしだいに整えられていく――みたいなイメージあるかもです……。

嵯峨院の宮苑詩壇
 平安初期の嵯峨天皇のころは、中国ふうの文化のなかでも、実は初唐(とくに則天武后時代)と中唐をMixしたような感じが好きだったのかも……みたいな記事です。余談だけど、すごく緑&うすピンクみたいな色の雰囲気なのかもです笑)

『伊勢物語』の古めかしさ
『伊勢物語』は、じつはけっこう万葉ふうのやや不気味な自然の霊威だったり、平安初期ふうのわずかに烟ったような霧だらけの湿地みたいな静かなふしぎさ――みたいなものが混ざっているのかも……(素人の思いつき)

和習
 日本でつくられた詩・文章などにみられる癖(和習)についてです。ふつう和習って、良くないものみたいに云われがちですが、実はかなり上手い人でも日本ふうの雰囲気をどこかまとっていて、それは日本語の質感そのものとつながっているのかも……みたいな話です。

北原白秋 極東マニエリスム
 ほとんど中国文学の話は出てきませんが、北原白秋って、実はかなり万葉調の長歌だったり、江戸ふうの俳句らしさだったり、いままでの様式をわずかに混ぜたりして用いることが多いです。

その他

晩年の枯れ
 なんとなく分かりそうでわからない「晩年の枯れた雰囲気」みたいなことについてです。わずかな幹や大枝だけが残って、形が崩れているのに、ぎにょぎにょと奇妙な味わいが老木っぽいかも……的な話だったり。

荘子と芸道思想
 技芸の世界では、よく「一期一会」「自在無碍」みたいなことを云いますが、わたしはこの感覚が全然わからなかった側なので、たぶんですが毎回毎回の状況ごとに技が少しずつ変わっていく豊かな不規則さ――みたいな話なのかもとか思ってます。

ABOUT ME
ぬぃ
こちらでは、中国文学のやや深く狭めな話をのせていきます(もっと分かりやすい話は、下のリンク先にあります♪)

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA