明清

閲微草堂筆記 隠れ傑作選

「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。

 こちらの記事では、清代の紀昀きいんがまとめた怪談集『閲微草堂筆記』の中から、わたしが好みだと思った話をいくつか訳してみます。

 ちなみに、こちらの『閲微草堂筆記』は、実はあまり怖くない話も多く入っているので、こちらの記事では“怖いというより、不思議で魅力的――”みたいなものを多めに紹介していきます。

参考:清代の怪談について(本館記事)

 あと、こちらの傑作選Ⅱでは、かなり怖め&不気味な話をいくつか選んでみました(やや閲覧注意なものが入っているかもです……)

閲微草堂筆記 隠れ傑作選Ⅱ 「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、清代の紀昀きいんがまとめた怪談集『閲微草堂筆記』の中...

遁甲

遁甲術の書は、世に多くあるが、それらはみな真伝ではなくて、その奥義はわずか数言にすぎず、書にまとめることでもないという。

山東省德州市の宋清遠は、かつてある友人の家に泊まったときに、友人が「きょうは月がきれいなので、一つばかり面白い芝居をお見せいたしましょう」と云いながら、いくつもの小椅子を庭に並べていき、また宋清遠と一緒に飲みはじめた。

しだいに夜が更けてくると、突然ひとりの者が垣根をこえてしのび込んできて、堂の前まで来るとうろうろとして、ひとつの小椅子にぶつかるごとに蹣跚よろよろとして、ようやくしてなんとか跨ぎ越えていた。はじめは真っ直ぐすすんで、二百回ほどもうろうろすると、逆に向かっていき、また二百回ばかりうろうろしていた。

そのうち疲れ果ててぐったりと倒れ込み、しだいに空が白くなったので、椅子を仕込んだ友人は助け起こして、何をしていたのかを問い詰めていた。

その者は「わたしは泥棒でございます。しのび込んでから、幾重にも重なる垣根ばかりがあって、行けども越えても家がございません。行き詰まって帰ろうとしましたが、行けども行けども垣根が終わりません。ゆえに疲れ果てて捕えられましたが、もはやこれも運の尽きでしょう」と云っていた。

友人は笑いながら逃がしてやると、宋清遠のほうを見ながら「昨夜のうちに占いで泥棒が入ると知っていたので、ちょっと小戯いたずらを置いてみたのです」と云っていた。その小戯いたずらを問うてみると、「それは遁甲術です。ふつうの人には悪用されると困るので教えられませんが、あなたは志も正しい人ですから、ぜひお伝えしておきたい」と返していた。

宋清遠は使い道がないので断ると、友人はさびしそうに「この術を欲しがるものはロクな人でなく、伝えるべき人は求めないとあっては、近いうちに失伝するだろう」と云いながら、宋清遠を見送っていた――。

奇門遁甲之書、所在多有、然皆非真伝。真伝不過口訣数語、不著諸紙墨也。德州宋先生清遠言:曾訪一友、友留之宿曰「良夜月明、観一戯劇可乎?」因取橙十餘、縦横布院中、與清遠明燭飲堂上。二鼓後、見一人踰垣入、環轉堦前、每遇一橙、輒蹣跚、努力良久乃跨過。始而順行、曲踊一二百度、転而逆行、又曲踊一二百度。疲極踣臥、天已向曙矣。友引至堂上、詰問何来、叩首曰「吾実偷児。入宅以後、惟見層層皆短垣、愈越愈不能尽。窘而退出、又愈越愈不能盡。困頓故見擒、死生惟命。」友笑遣之、謂清遠曰「昨卜有此偷児来、故戯以小術。」問「此何術?」曰「奇門法也。他人得之恐召禍、君真端謹、如願学、當授君。」清遠謝不願、友太息曰「願学者不可伝、可伝者不願学、此術其終絶矣。」意若有失、悵悵送之返。(『閲微草堂筆記』巻八)

 遁甲術とは、八つの方位ごとに、門と神を配していく方位術です。そして、その組み合わせが時間ごとに変わっていくと、方位ごとの効果も変わっていきます。

 八つの門では、休門(静かで落ち着いた門)、生門(成長させていく門)、傷門(激しいエネルギーが暴発する門)、杜門(閉じ込める門)、景門(明るく華やかな門)、死門(死んだように暗い門)、驚門(ごちゃついたことを呼び込む門)、開門(堂々と大きい門)があります。

 また、八つの神様は、螣蛇(ごまかし、嘘、騙し合いなどを司る霧の蛇神)、勾陳(道を塞ぐ兵神)、太陰(ひっそりと溜め込んでいる薄暗さの神)、九天(エネルギーが流れ溢れる上天)などがいます。神名からもわかるとおり、けっこう由来はバラバラ感があります♪

 たぶん、ここで用いていたのは、杜門&螣蛇みたいな組み合わせですかね(まぁ、実際は謎なままですが)

荘子と芸道思想 「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、『荘子』と芸道思想――みたいな話をしていきます。ちな...

ウルムチの馬

ウルムチの官牧ではある夜の大風雨のせいで、馬が数十匹も逃げてしまった。追いかけてもみつからず、七~八日ほどして、哈密のほうでみつかった。ウルムチの馬だと分かったのは、焼印があったからなのだが、ウルムチから哈密までは二十日ほどかかるのに、なぜこんなに早く着いたのか。

どうやらこの辺りの奇岩地域では、人がまだ入らぬところが多くあり、謎の近道が隠されているらしくて、兵糧係だった温福は役人たちを送りこんで、その近道を探らせたが、食料が尽きて帰ってきただけだった。

ある人は「路を探らされるのを面倒くさがって、数日ほど近くの山に隠れて、行ってきたふりをしたのだろう」と云ったり、あるひとは「山のなかで路を整えたり、あたらしい官舎などをつくるのが面倒くさくて、路をみつけても隠しているのだろう」と云っていた。

さらには、「哈密ハミ闢展ピチャン・迪化などはウルムチ庁内での街の名になっているが、家々もたくさんあって、互いにみえるところにあるので、郵便や旅館なども内地のように整えられて、砂も平らで歩きやすい。それをわざわざ山道にするのは、道が険しくて、しかも歩きづらいので、よろづにつけて宜しくないと思ったのだろう」と云うものもいた。

他にも「道が短くなってしまうと、いままでの官舎の役人たちは削られてしまい、路頭に迷うことになるので、みつけても云わないでほしいと止められたのだ」という話もあって、どれが本当かわからない。

ただ、わずか七~八日で馬がみつかったことだけは謎で、ある人が「馬を失った罰はとても重いので、官牧の役人は山神に頼んで返してもらったゆえ、馬が早く帰ってきたのは、隠された路があるわけではないのだ」と云っていたが、神はどうして早駆けをさせて、いきなり見つけさせなかったのか。

烏魯木斉牧廠一夕大風雨、馬驚逸者数十匹。追尋無迹。七八日後、乃自哈密山中出。知為烏魯木斉馬者、馬有火印故也。是地距哈密二十餘程、何以不十日即至?知穹谷幽巌、人迹未到之処、別有捷径矣。大学士温公遣台軍数輩、裹糧往探、皆糧尽空返、終不得路。或曰「台軍憚路遠、在近山逗遛旬日、詭云已往。」或曰「台軍憚伐山開路労、又憚移台般運費、故諱不言。」或曰「自哈密、闢展至迪化即烏魯木斉之城名、今因為州名。人烟相接、村落市廛、郵伝館舎如内地、又沙平如掌。改而山行、則路既険阻、地亦荒涼、事事皆不適、故不願。」或曰「道途既減大半、則台軍之額、駅馬之数、以及一切転運之費、皆応減大半、於官吏頗有損、故陰掣肘。」是皆不可知。然七八日得馬之事、終不可解。或又為之説曰「失馬譴重、司牧者以牢醴禱山神、神駆之、故馬速出、非別有路也。」然神能駆之行、何不駆之返乎?(『閲微草堂筆記』巻十五)

 怖いというより、趣き深い話です(ちなみに、ウルムチは西域の地名)

 西域のほうには、雅丹(ヤルダン)という風雨で削られた巌が不規則に凹んで、迷路みたいになった地形があります。たぶん「穹谷幽巌」というのは、そのことだと思います。

五雷法

江蘇省泰興市には賈という者がいて、地元ではとりわけ優れた才分をもっていたが、呪符や禁術まじないなどを好んでおり、師を尋ねて友を問い、ついには五雷法を会得するに至った。

後年になって重い病を得て、ゆめうつつの中で死霊のむれがむらむらと降りてくるのがみえたので、かねてより習っていた印を結ぶと、死霊たちはたちまち弾き返されてしまった。

家の者たちは屋根のうえに鉄の玉などがからからとねる音がしたことを恐れて外に出ていたが、死霊のむれはいよいよ奮い立ちて、怒涛荒濤のごとく押し寄せてきたので、遠くからでもその戦いの激しさは窺われたが、夜が明けるころにしだいに静かになった。

朝になってみてみると、ベッドの下に伏して亡くなっていたが、そこには大きな坎穴あなが掘られていて、果たして何をしようとしていたのかわからない。

泰興有賈生者、食餼於庠、而僻好符籙禁呪事。尋師訪友、煉五雷法竟成。後病篤、恍惚見鬼来摂、挙手作訣、鬼不能近。既而家人聞屋上金鉄声、奇鬼猙獰、洶湧而入。咸悚惶避出。遥聞若相格闘者、徹夜乃止。比曉視之、已伏於牀下死。手掊地成一深坎、莫知何故也。(『閲微草堂筆記』巻十三)

 こちらの五雷法というのは、雷神の力を借りて、妖怪などを倒すための呪法です。やや本筋から離れるけど、原文の「僻好」というのがすごくいい字です(笑)

「僻」は、僻地みたいにちょっと外れたところなので、やや怪しげな呪いなどを好んでいる雰囲気がすごく出ているというか。あと、「煉(術を錬り上げる)」「金鉄声(鉄の玉が跳ねるような)」「洶湧而入(荒濤の如く押し寄せる)」とかも水火明暗入り乱れてギラギラドンパチ撃ちあっている感がすごいです。

狐女の……

ある道士がとても術にすぐれて、魍魎あやかしを捕えて駆除おいはらうことに霊験灼然あらたかだったが、その礼品はわずかに粗茶粗菜だけで、高い金品などは求めなかった。しかし、しばらくして術の力が落ちていき、十回のうち四~五回は取り逃がすようになり、ついには魍魎あやかしたちの大群に囲まれて、大いに攻め立てられ、なんとか逃げ出してきた。

術の師にそのことを話すと、師はみずから至りて、神将たちを召して、まずは魍魎たちを縶縛ひっとらえて、つぎに術の効き目が落ちたことを調べ始めた。

そうすると、どうやらこの道士は、みずから高い礼物は求めなくても、その弟子たちが高い礼物を求めていたり、神将を呼び出すに及んでは、弟子たちがひそかに符術の書をぬすみ見て、狐女を呼びだして遊んでいるのがわかった。その狐女たちが法器を汚してしまい、神将たちは怒って現れなくなり、ついに魍魎あやかしたちに襲われることになったという。

師はがっくりとうなだれながら「これは魍魎あやかしのせいではなく、みずからの弟子のせい――。いや、ただ弟子のせいではなく、おぬしの弟子をよくみていなかった故――。ただみずから清高無私なゆえに、今回は助かったが、魍魎など怖れるものでも無いわ」と云って去っていった。

あぁ、君王が正しければ、百官も皆従うというのは、清高無私を好む人のよく云う話だが、それでも小人たちは、君の正しさなどもつゆ知らず、貪りつづけるものである。

有道士善符籙、駆鬼縛魅、具有霊応、所至惟蔬食茗飲而已、不受銖金寸帛也。久而術漸不験、十每失四五、後竟為群魅所遮、大見窘辱。狼狽遁走、愬於其師。師至、登壇召将、執群魅鞫状。乃知道士雖不取一物、而其徒往往索人財。及為行法、又竊其符籙、摂狐女媟狎。狐女因窃汚其法器、故神怒不降、而讐之者得以逞也。師拊髀嘆曰「此非魅敗爾、爾徒之敗爾也。亦非爾徒之敗爾、爾不察爾徒、適以自敗也。頼爾持戒清苦、得免幸矣、於魅乎何尤。」拂衣竟去。夫天君泰然、百体従令、此儒者之常談也。然姦黠之徒、豈能以主人廉介、遂輟貪謀哉?(『閲微草堂筆記』巻十六)

 ……これはもはや、怪異譚というより不思議な小噺です。

蝶上の人

鄭慎人が云っていた話で、あるとき庭の花がてれてれと明るい日に、家の侍女たちが盛んに騒いでいるのがきこえたので、窓をあけてみてみると、木犀の樹のさきに、ひらひらと大きな蝶が飛んでいて、その背には親指ほどの紅いころもの女子が坐っていた。

ひらひらとゆれるように舞いて、そのままかべをこえて飛んでいってしまい、隣の侍女たちも驚いている声が聞えてきた。これは果たして何の怪なのか、花の妖女子なのかもしれない。

ちなみに、この話をしていたとき、劉景南の家にいたので、景南が「婦女たちの遊びで、紙花の中にいる人形を蝶の背にしばりつけて遊ぶというのがあるじゃないか」と云っていたが、鄭慎人は「いや、本当に小さい人が蝶の背にのっていて、蝶を紐でうごかしているようだった。その姿はひらひらと袖や髪がゆれて、生きている如くして、人がつくったものではない」と云っていた。

慎人又言、一日、庭花盛開、聞婢嫗驚相呼喚。推窓視之、競以手指桂樹杪、乃一蛺蝶大如掌、背上坐一紅衫女子、大如拇指、翩翩翔舞、斯須過墻去。隣家児女、又驚相呼喚矣。此不知為何怪、殆所謂花月之妖歟?説此事時、在劉景南家、景南曰「安知非閨閣遊戯、以蓪草花朶中人物縛於蝶背而縦之耶?」是亦一説。慎人曰「実見小人在蝶背、有磬控駕馭之状、俯仰顧盼、意態生動、殊不類偶人也。」(『閲微草堂筆記』巻十五)

 まず、すごく余談だけど「庭花盛開(庭の花がてらてらと明るい)」が、とても紀昀っぽい雰囲気なんですよね。紀昀の文章って、どれもやや濡れたような光を帯びていて、花が蒸れたような色でもわもわと咲いている感があります。

乾隆帝時代の詩壇 「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。  こちらの記事では、清の乾隆帝時代(1735~96)の詩についてになりま...

 あと、原文の「蓪草」というのは、カミヤツデのことです。カミヤツデの紙でつくられた花飾りが「蓪草花」です。たぶんその花片はなびらの中に人形が入れられていて、その人形を蝶の背に結びつけて飛ばせて遊ぶ……ということなのかもです(詳しくは不明ですが。なんか、北原白秋とか西條八十にありそうな残虐性だけど)

奇石趣味

かつてウルムチに居たとき、温福大学士が一つの玉をもっていて、てのひらほどの大きさで、文机の肘置きとしても用いており、その色はきらきらと白く澄んでいた。さらに紅い模様が四つあり、いずれも指先ほどの大きさで、あざやかな花びらが貼りついたようで、血が沁みたり、油を溶かしたり、焼き焦がした模様ではなく、深く滲み出でていて、まわりがぼんやりと薄れていき、どうやら天成の色らしかった。

温大学士はいつも大切に持ち歩いていたが、のちに四川北西部の乱を鎮めたときに、砲火にさらされることになって、この玉も瘴雨の山々に呑まれてしまったらしい。

余在烏魯木斉時、見故大学士温公有玉一片、如掌大、可作臂閣、質理瑩白。面有紅斑四点、皆大如指頂、鮮活如花片、非血浸、非油煉、非琥珀燙、深入腠理、而暈脚四散、漸遠漸淡、以至於無、蓋天成也。公恒以自随。木果木之戦、公埋輪縶馬、慷慨捐身。此物想流落蛮烟瘴雨間矣。(『閲微草堂筆記』巻十七)

 中国では、めずらしい石や玉などを好んで鑑賞する文化があります。これのどこが怪異なのかというと、たぶん石の模様が不思議――という怪異です。実際、ふしぎな模様のある石というのは、天地のふしぎな気を吸いこんだような美しさがあります……♪

心鏡

于道光から聞いた話――。ある人が夜に嶽神廟のそばを通ったとき、朱扉はぴったりと閉められていたが、その中から人が出てくるのをみたと云っていた。

これをみた人は、どうやら嶽神だとおもって、頭をつけて拝みながら挨拶をしたが、その手を持って起こされながら、「私はそんな神ではない。ただ右鏡台の役人で、帳簿を届けていただけだ」と云われた。

「鏡台とは何でしょうか、いわゆる冥府の鏡でしょうか……」と尋ね申し上げると、「近いというか、まぁそんなものだ。いわゆる冥府鏡で照らせるのは、おこなったことの善悪だけだ。しかし、わずかでも曇りがあれば、その裏には偽りがちらちらと絡みあい、策謀は窺い得ぬほどで、何が隠されているのかも分からない。

ひっそりと濁り沈んだ淵をみる如く、まだ何も見えていないが、よくあるのは外貌がきらびやかな鸞鳳のごとくして、その内には奇鬼・毒龍を飼っているようなもので、これはふつうの冥府鏡では見分けられないのだ。

宋のころになると、この詭詐ごまかしはいよいよ巧みになってきて、ますます見分けられぬので、ついには一生分を隠し通すものまで出てきた。ゆえに天の神々たちは話し合われて、いままでの行いをみる冥府鏡を左鏡台として、行いだけでも見分けられる“真の小人”をみて、さらに新しい心鏡を右鏡台において、そこでは“偽君子”をみるようにさせたのだ。

この心鏡とは、映してみると、霊府こころの中までがはっきりとみえて、ねじれ上がっているもの、きしきしと偏っているもの、べとべとと黒い者、きりきりと奇妙に曲がった者、ごそごそとよごれがたまっている者、ぼそぼそと濁り詰まっている者、ぎしぎしと険しく固め隠している者、ぎちぎちと線が張り巡らされている者荊棘いばらのごとき者、刃物のごとき者、毒蟲の巣のごとき者、虎狼の檻のような者、宮室殿宇の飾りを埋め尽くした者、金銀の色ばかりがのぞく者、甚しくはどちらをみても秘戯の書が喜悦する者――。

しかし、その姿をみてみれば、いずれも君子然大人然としており、澄んだ真珠のごとき者、明るい水のような色には、千人のうちに一人いるかどうかというもの。こんなふうにして、わたしは鏡のそばで、心の形を記していき、三ヶ月に一度は嶽神に届けて、嶽神がその罪福などを決めているのだ。

およそ、名が高くて、いつわりが巧いほど、その罪は重くなるというもので、春秋の二百四十年のうち、行われた悪は多いが、天の怒りが示されたのは、ただ展氏の廟に雷が落ちた一度だけで、それは隠した悪事があったゆえ。よく知りおくように」と云って去っていった。その人は拝したまま教えを承って、帰ってきて于道光に「観心」と書いてもらった額を部屋に架けておくようになった。

于道光言、有士人夜過嶽廟、朱扉厳閉、而有人自廟中出、知是神霊、膜拝呼上聖。其人引手掖之曰「我非貴神。右台司鏡之吏、賫文簿到此也。」問「司鏡何義、其業鏡也耶?」曰「近之、而又一事也。業鏡所照、行事之善悪耳。至方寸微曖、情偽萬端、起滅無恒、包蔵不測、幽深邃密、無迹可窺、往往外貌麟鸞、中韜鬼蜮、隠匿未形、業鏡不能照也。南北宋後、此術滋工、塗飾彌縫、或終身不敗。故諸天合議、移業鏡於左台、照真小人。増心鏡於右台、照偽君子。円光対映、霊府洞然。有拗捩者、有偏倚者、有黒如漆者、有曲如鉤者、有拉雑如糞壌者、有溷濁如泥滓者、有城府険阻千重萬掩者、有脈絡屈盤左穿右貫者、有如荊棘者、有如刀剣者、有如蜂蠆者、有如虎狼者、有現冠蓋影者、有現金銀気者、甚有隠隠躍躍現秘戯図者。而回顧其形、則皆岸然道貌也。其円瑩如明珠、清激如水晶者、千百之一二耳。如是者、吾立鏡側、籍而記之、三月一達於嶽帝、定罪福焉。大抵名愈高、則責愈厳、術愈巧、則罰愈重。春秋二百四十年、癉悪不一、惟震夷伯之廟、天特示譴於展氏、隠匿故也。子其識之。」士人拝授教、帰而乞道光書額、名其室曰「観心」。(『閲微草堂筆記』巻七)

 これ、何がすごいって、心の形の比喩がすごくいいんですよね(笑)

 わたしが特に好きなのは、「幾重にも険しく固め隠しているもの(有城府険阻千重萬掩者)」「毒蟲を飼い込んでいるもの(有如蜂蠆者)」「ぼそぼそと泥のごとくふん詰まっているもの(有溷濁如泥滓者)」あたりですかね……。

 こんなにも人間の雰囲気だったり陰翳をうまく感じさせる比喩って、めったに見ないかもです。なんとなくだけど、鈎のごとく曲がっていたり、雁字がらめの紐だらけだったり、鬱蒼とした荊棘のようだったり、険阻千疊な城壁みたいだったり、すごく翳が多いのがいいです。

 というわけで、かなり雑多な話ばかりを並べましたが、どれか一つでも印象に残る話がありましたら嬉しいです。お読みいただきありがとうございました。

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ぬぃ
こちらでは、中国文学のやや深く狭めな話をのせていきます(もっと分かりやすい話は、下のリンク先にあります♪)

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