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こちらの記事では、『伊勢物語』について素人が思っていることをのせていきます。よく『伊勢物語』は「在原業平の一代記」みたいに云われていますが、みているとむしろ万葉集or平安初期(800s初め)の雰囲気を感じさせる歌も多く入っています。
というわけで、さっそくみていきます(ちなみに、在原業平は800s中盤の人で、平城天皇の孫です)
玉かづら
まず、『伊勢物語』の和歌って、じつはどこか万葉集ふうなのです(ちなみに、今回は、引用はすべて和歌以外はすべて訳したver.で載せます)
昔、ある男が、ひさしく便りなども出さずに、「別に忘れたわけではない。また会いに来ます」と云ったので、それを送られた女は
玉かづら 這う木あまたになりぬれば 絶えぬ心のうれしげもなし(第百十八段)
こちらの「あちこちに葛のように手をのばしているのだから、別にその中の一本なんて嬉しくないです」みたいな比喩って、万葉集にもよく似たものがあります(ちなみに、「玉かづら」の玉は、「美しい」くらいの雰囲気です)
しなたつ 筑摩さのかた 息長の 越智の小菅 編まなくに い刈り持ち来 敷かなくに い刈り持ち来て 置きて 我れを偲はす 息長の 越智の小菅(万葉集3323)
「しなたつ」は階のごとく幾重にも重なっている、「筑摩」は琵琶湖の米原市の周辺、「さのかた」は蔓草の名前、「息長」は筑摩の北のほう、「越智」はその中の小地名、「小菅」は水辺のススキみたいな草です。
その小菅を編まないのに、刈って持ち帰り、敷かないのに、刈って持ち帰って置いておくだけで、私を偲ばす(悩ませる)とか――、この息長の越智の小菅を大切にしないなんて……という長歌です。
こういうふうに、植物を比喩にしている歌って、やや田舎らしくないですか……(周りに植物がたくさんあって、しぜんにそういう比喩が出てくるみたいな)
飾りちまき
昔、ある男が飾り粽(茅の葉で巻いたお餅)をおくられたので、それに返すように雉に歌をつけて返した。
あやめ刈り君は沼にぞまどひける われは野にいでて狩るぞわびしき(第五十二段)
これ、すごく味わい深くないですか(かなり田舎ですよね笑)
とくに、あやめ(菖蒲)を刈りながら、そのなかに生えていた茅や笹などの葉で包んで送ってきたので、わたしは野で雉をつかまえて送ります――みたいな田舎ふうのやり取りです。この鳥を取るって、平安初期の神楽歌(宮中の祭儀歌)に似ているんですよね。
面白き鴫が羽の音や 猪名の伏原や 我が夫の君の幾ら取りけむ(階香取)
我妹子に一夜肌触れ誤りにしより鳥も取られず鳥も取られず(脇母古)
「猪名の伏原」は、兵庫県あたりのススキ・ササなどの湿地です。このふたつって、どちらもしっとり湿った湿地あたりで、鳥を取って……みたいになっていて、すごく似ていませんか。
このしっとり濡れながら葦やススキばかりの野がつづいているのって、すごく伊勢物語らしいのです。
昔、ある男がいた。まだ平安京に遷って間もないころ、西京の沼が多いあたりに住んでいる女がいて、その女はふつうよりもすぐれており、どちらかというと内面がよくて、ほかにも周りに何人かの男がいるようだった。
そのある男は、一夜をかけて話をしたらしいが、帰ってきてから四月の雨のなかで「起きもせず寝もせで夜を明かしては 春のものとてながめ暮らしつ」と云っていた(第二段)
これも、さきほどの「一夜肌触れ……鳥も取られず」に似ていませんか(どこか頭がぼやっとしているみたいな)。あと、こちらは「ながめ」が「ながめる(物思い)&長雨」の掛詞なのですが、こういう掛詞も、平安初期の詠み人知らずな歌に多いんですよね(逆に、万葉集では掛詞はほとんど無いです。ちなみに、妹は妻のことです)
ほととぎす鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな(古今集469)
こちらも「あやめ(菖蒲・分別)」が掛詞です。しかも、この頭がぼうっとするのが、さきほどの「一夜肌触れ 鳥も取られず」「起きもせず寝もせで夜を明かして」にすごく重なりますよね……。
あと、平安初期って、まだどこか万葉ふうの趣きもあって、とくに葦や笹のつゆだらけなのが、すごく袖を湿らせてくるというか……。
妹がため玉を拾ふと紀伊の国の由良の岬にこの日暮らしつ(万葉集1220)
家づとに貝を拾ふと沖辺より寄せ来る波に衣手濡れぬ(万葉集3709)
我が門に上裳の裾濡れ下裳の裾濡れ 朝菜摘み夕菜摘み(我門)
一つめ・二つめは万葉集、三つめは平安初期の神楽歌ですが、ほとんど一緒じゃないですか。ちなみに、「家づと」はおみやげ、「玉」は真珠のことです(なんていうか、とても貴族らしくないんですよね)
斎宮の垣
さらに、伊勢物語はまだどこか神・呪物などへの怖れがあるかもです。
昔、ある男が伊勢の斎宮まで勅使にいったとき、斎宮付きの女官からこっそりと歌でうっすら試されたらしい。
ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし 大宮人の見まくほしさに(第七十一段)
これは、伊勢の斎宮(伊勢神宮につかえる皇女)のまわりにいる女官から、「おそろしき神の斎垣も越えてしまいそうな、そんな気分だとしたらどうします?」みたいに云われているのですが、この「斎垣」というのが神威をやや畏れている感もあるというか。
ちなみに、万葉期にも、かなり神域での密会にもだえるみたいな歌って多いんですよね。
祝らが斎ふ社の黄葉も標縄越えて散るといふものを(万葉集2309)
天地の神をも我れは祈りてき恋といふものはかつてやまずけり(万葉集3308)
「祝」は神人のことで、神域の黄葉とてしめ縄をこえて散るというのに、わたしはうろ暗き神に隔てられて……or多くの神にたのんでも思いがみだれておさまらず……って、なんとなくうすら暗い神たちがのよのよとあそんでいる感ありませんか。
この「祈っても不気味なままの神」っていうのが、自然の怖さとか暗さ、不気味さだったりがあふれていた古代らしいかもです(参考:古代文学の呪術性)。呪物とかもほんとうに効くし、すごく怖い世界なんですよね……。
(ちなみに、「斎」は“霊威を込められた”です。「ちはやぶる」も千ほどの霊威が飛びみだれるような――、「あしひきの」は足を痛めて引きずるほどの山――みたいに、枕詞って自然の不気味さとかにまつわるものが多いんですよね)
あと、妖しい神々がぞよぞよとあふれているような夜――って、これも平安初期の詠み人知らず&万葉集に多いのです。
水ぐきの岡のやかたに妹と吾と ねての朝けの霜のふりはも(古今集1072)
我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後(万葉集103、天武天皇)
我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ(万葉集104、大原大刀自)
一つめは、「水ぐきの」が、岡の枕詞(意味は不明。水がゆたかな――みたいな感じかも)、そこで一夜が過ぎてみると、朝明にはまっしろに霜がぬれていて――みたいになっています。ちなみに、この歌も宮中の神楽なのですが、たぶん岡を霜でぬらす霊威を讃えているのかもです。
二つめ・三つめは白鳳期の贈答歌なのですが、まず天武天皇から「この宮のまわりに大雪が降って、汝の住むボロい里にはずいぶんあとに残り雪でもちらちらだったかね――」といえば、その妻の大原大刀自が「いえいえ、こちらの雪こそわたしの住む岡の、龗(水神)に頼んで降らせてもらったから、そちらの雪こそ残り雪でしたよ♪」みたいに雪を讃えています。
ちなみに、龗は、闇龗・高龗などがあって、それぞれ闇いところと高いところの水神です(高龗神は、罔象女神と並んで貴船神社の祭神です。「罔象」は「魍魎」と同じくもよもよした水中の奇鬼のこと。「罔象」であえて水の不気味な霊威を出しているセンスがいかにも古代的……)。なんとなく夜のあいだにぞわっと濡れた神々が舞うようなのが、すごく古めかしい感性で、『伊勢物語』にもまだ少し斎垣を畏れるところが残っているというか。
筒井筒
というわけで、いよいよ有名な「筒井筒」です。これは教科書とかでも習うけど、すごく味わい深いです。
昔、田舎で暮していたひとの子たちが井戸のあたりで遊んでいたが、大人になったのでしだいに男も女も恥ずかしいとは思っていたが、たがいに心のうちにて好きだったので、ほかの人からの結婚の話しなどはすべて断っていた。
あるとき男のほうから、「筒井つの井筒にかけしまろがたけ 過ぎにけらしな妹見ざるまに」と送ったので、女は「くらべこしふりわけ髪も肩過ぎぬ 君ならずして誰かあぐべき」と返して、いよいよ結婚することになった。
しばらく年をへて、女の家がしだいに傾いてきて、しだいに男は河内国の高安郡のほうにもうひとつ別の女の家に通うようになっていき、それでももとの女は怨むような様子がなかったので、さてはこの女も浮気をしているのでは――とおもって、植込みのなかにかくれて様子をみていた。
すると、もとの女はきちんと装いをととのえて、庭などをみながら「風吹けば沖つ白波龍田山 夜半には君がひとり越ゆらむ」と云っていたのを、むしろ悲しくおもって、しだいに河内にも行かなくなっていった。
たまに河内の女のところにきてみたら、その女は初めこそ優美にもみせていたが、しだいにみずから米などを盛ったりしていて、なんとなく残念な気がして行かなくなってしまった。河内の女は「君があたり見つつををらむ生駒山 雲な隠しそ雨は降るとも」というのがみえたので、その男は今度いきます――と云ったけれど、ついに来なくなってしまった(第二十三段)
……これはまぁ改めてみるとなかなか勝手な話だけど、「井筒のまわりで背などを比べていたのに、いつしかその井筒を越えてしまって、ちかごろはあまり会わなくなりましたね」が一つめの歌、「一緒にくらべてきた髪も、いつしかこんなに長くなって、ぜひあなたに髪上げの儀をしてほしいです――」が二つめです。
こちらも、実は平安初期の祭儀歌にそれぞれよく似ているものがあります。
角総や 尋ばかりや離りて寝たれども転び合いけりか寄り合いけり(角総)
我門の板井の清水 里遠み 人し汲まねば水さびにけり 水さびにけり(杓)
ひとつめは「角総」は奈良時代くらいまでの子どもの髪型です。角総の子たちが、一尋(両手をのばしたくらい)離れて寝ていたけど、ころんころんとくっついて……みたいな様子です(ちなみに、「ふりわけ髪」は平安時代の子どもの髪型。角総でころんころんとか、髪上げしてほしい――みたいなややコケティッシュさが似ているみたいな)
ふたつめは「わたしの家ちかくの井戸の水が、あまり人も来ないので、いつのまにか詰まって汚れてしまいました……」みたいに忘れられたのを悲しむ喩えなのかもです(この井戸まわりでの恋愛――みたいなのが似てます)
まぁ、井筒で背を比べていたころから一気に大人になるまで会わないこともないので、ちょっとした喩えなのですが……。
三つめは、「風吹けば沖つ白波龍田山 夜半には君がひとり越ゆらむ」です(これは伊勢物語でも、とりわけいい歌だと思う)
まず、龍田山には風の神がいて、夜にはぞよぞよと恐ろしい風を吹かせるので、遠くの海が白波が立つほど荒れます――というのが、たぶんこの様子です(龍田山の風神は、天武天皇のころに祀られるようになりました)
たぶんですが、これって夜にぞわぞわと恐ろしく舞う神――みたいにみえませんか。そんな恐ろしい龍田山を夜にあなたはひとり越えていくのですね――って、やはり自然の妖威を恐れる感性かもです。
さらに、四つめの「あなたの辺りを生駒山や雲が隠していて、雨もふっているのです……」も、実はどこか万葉期の山川がきびしく恐ろしげにうす暗く重なっている様子に似ています。
浦波の来寄する浜につれもなく臥したる君が家道知らずも(万葉集3343)
泉川渡り瀬深み 我が背子が旅行き衣濡れ漬たむかも(万葉集3315)
畳薦牟良自が磯の離り磯の母を離れて行くが悲しさ(万葉集4338)
浦の波が寄せてくる浜にひとりで打ちあげられている君――、その家はどこだかも分からないのに恐ろしい波ばかり――だったり、泉川のざらざらと荒い瀬を通ってきたので、あなた(背子)の衣はこんなに濡れているのですね――、畳薦(幾重にもかさなる蓆)のようにぐねぐねとつづく牟良自の磯の、遠い磯のように母を離れていくのが悲しいのです――のような不気味で恐い山川みたいなのです……(ちなみに「畳薦」は枕詞ですが、ほとんど実際の風景かも)
伊勢物語って、万葉期のぼやぼやどろどろと妖威が渦まくような気持ち悪く不気味な自然から、しだいにちょっと背徳感を愉しむ斎垣――くらいになっていくような、まだまだらにいろいろな感性がまざっていた頃らしいかもです(わたしの専門外なので、かなり思いつきですが)
花橘
もっとも、そういう不気味さがほとんどなくなった感性も入っているのが、伊勢物語の魅力なのです。
昔、ある男が、宮仕えが忙しくて、ほとんど妻のところに通えなくて、しだいにその妻は別の男に惹かれるようになっていった。あたらしい夫のほうは地方の役人に任じられて、都から下っていったが、もとの男が勅使に任じられて、あたらしい夫と元妻のいる国を通ることになった。
もとの男は、あたらしい夫からもてなしをうけたときに、その妻からの酌を受けたい――と云ったので、妻にふたりで酌をさせた。もとの男は、その席におかれていた橘(オレンジ)の実をとって「五月待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」と云った。
その女は、ついに悲しくて耐えきれなくなり、ついに尼になってしまった(第六十段)
……救いのない話。伊勢物語でもっとも物悲しい話は、たぶん私のなかではこれですかね。この話は、もはや自然の霊威も恐ろしい山神なども出てこなくて、どちらかというと万葉末期の大伴家持などに似ています(家持って、ほとんど自然の霊威を気にしていないというか)
珠洲の海に朝開きして漕ぎ来れば長浜の浦に月照りにけり(万葉集4029)
あしひきの山の木末のほよ取りてかざしつらくは千年寿くとぞ(万葉集4136)
藪波の里に宿借り春雨に隠りつつむと妹に告げつや(万葉集4138、いずれも大伴家持)
いままでの万葉の歌にくらべて、どれも明るいというか綺麗なんですよね(それが家持の魅力です)
家持の歌って、どれも風景の綺麗さをほめていて、たとえば「朝開きして(朝早く出でて)」月がてらてらと川にうかんでいて――だったり、山の「ほよ(宿り木のこと。長寿の呪物)」を飾るのですが、そのほよは梢末にきらめいていたもので――、藪波の里でしとしとと春雨ばかりが降るのです――みたいな「朝早くの月・木末のほよ・藪波の春雨」などがすごく綺麗です。
さきほどの花橘も、べつに霊威とか呪物としての効果とかはほとんど話に出てきません。逆に、さきほどまでの万葉の歌は、いずれも「我が岡の龗神・沖辺から寄せ来る波・祝らが斎ふ黄葉・衣を濡らす泉川・畳薦のように重なる磯」って、どれも物怖ろしげですよね……。
それが平安初期の神楽歌などになって「朝の霜のぬれた白さ・鴫の羽音のする篠原」みたいにひっそりと冷たいけど、どろどろ物怖ろしい感は消えていくみたいな。
というわけで、『伊勢物語』はまだ万葉らしい不気味な自然だったり、平安初期のしだいに落ち着いていく自然だったり、もはや万葉末期の不気味さが無くなってきれいな雰囲気などが奇妙にまざりながらできているのかも――みたいな話でした。
お読みいただきありがとうございました(在原業平の歌も、まだ少し平安初期ふうかも)