「ぬぃの中国文学資料庫」にご来訪ありがとうございます。
こちらの記事では、「晩年の枯れた作風」ということについてです。これって、なんとなく雰囲気ではわかるかもですが、実際にどこが枯れている感なのかって、けっこう謎じゃないですか……。
あと、「枯れた」ってすごく不思議な比喩じゃないですか……。というわけで、今回は蘇軾と幸田露伴を例にしながらみていきます。
自在な枝ぶり
まずは、蘇軾(1037~1101)についてです。色々な説があるのですが、宋代の平均寿命がだいたい60歳くらいとされているので、蘇軾も64歳ということで、とりあえず50歳を過ぎたあたりを晩年としておきます。
こちらは、1071年(蘇軾34歳)になります。
城壁の上からはどこまでも楼や巘々が並んでいて、城下には淮水や汴水などが流れているのだが、手をのばせばすぐに呉天の雲があって、天がぼんやりと暮れていくので、陽が沈みます――、陽がしずみます――。あとには夜の松ばかりが白々と。
城上層楼畳巘。城下清淮古汴。挙手揖呉雲、人與暮天俱遠。魂断。魂断。後夜松江月満。(蘇軾「如夢令 題淮山楼」)
まぁ、これだけだとふつうの詞という印象かもですが、ここからさらに晩年の詞をみていきます。まずは、蘇軾が53歳(1090年)です。
海の上では仙海に游ぶ者も、緑葩の仙子も、もとより丹砂などは用いずして、どうやら潮頭の鳴るところに住んでいたらしく、天の果てまで渺々たり――。 雷が呉王の国に鳴ります、雲が海神の別荘に涌きました。室中には何もなくてがらんとしておりますが、その濤の声は、河の仙の知らぬ聲。
海上乗槎侶、仙人萼緑華。飛昇元不用丹砂。住在潮頭来処、渺天涯。 雷輥夫差国、雲翻海若家。坐中安得弄琴牙。寫取余声、帰向水仙誇。(蘇軾「南歌子 八月十八日観潮」)
蘇軾の魅力って、わたしは「雑多な豊かさ」だとおもっているのですが、浙江省あたりでは毎年八月の満月には逆流する濤をみてたのしむ「観潮(潮見会)」があって、その荒濤はざらざらと翻る雷や大雲を涌かせるようで、仙薬(丹砂)など無くても渺茫たる天涯まで拐っていかれるようなのでした――的な奇怪で複雑な濤色だけがずっと出てきます。
逆に、さっきの淮水のちかくの城壁の上の詞は、ずっと遠巻きな景色だけがしだいしだいにうつっていく感じになっていて、たちまちにして「潮の鳴るところ(潮頭来処)」になったり「雷が涌く呉王の国、雲が涌き立つ海神の家(雷輥夫差国、雲翻海若家)」みたいながたがたと大きい拗じ曲がりは無いです。
でも、どっちも雑多な変化の豊かな様子をみせていて、53歳のほうがやや一見すると粗いけど、実はよくみると「雷が翻る(雷輥)・雲が涌く(雲翻)」みたいな激しく突き抜けて拗じ曲がったような趣きがあったりします。
つづいて、蘇軾60歳(1100年、死の一年前)をみてみます。
海南のめずらしき宝は、団々たる栲栳のごとき大杯――。かつて崑崙に至れば、玉女の盆をいただいたものなれば。 絳州生まれの王仲翁は、百歳にして未だ倒れぬ癡頑者、海のそばは門のごとくして、ウコン酒を流しこめば身のうちに電が奔ります。
海南奇宝。鋳出團團如栲栳。曾到崑崙。乞得山頭玉女盆。 絳州王老、百歳癡頑推不倒。海口如門。一派黄流已電奔。(蘇軾「減字木蘭花 以大琉璃杯勧王仲翁」)
老いていよいよ自在――みたいな感じです(笑)
さっきの潮見会のときよりも、さらにあちこちに跳ねるように飛んでいて、「海南の……玉女の盆をいただいたもの」までが、すべて王仲翁にすすめた杯の様子です。まるで崑崙の仙石で削り成した小盆のようにつややかで大きい杯――みたいに、わずか杯一つのなかですごく雑多なきらめきが溜まっています……。
しかも、「絳州生まれの王仲翁は、百歳にして未だ倒れぬ……(絳州王老、百歳癡頑推不倒)」みたいに、急に人物紹介が入ってきて、そのあとにがらがらと割れたような海の近くの門みたいな岩と、そこにあふれる濤みたいな雷の如きウコン酒――みたいにがらがらと激しい感じがわずかに重なるようになっています。
しかもウコン酒のねばっこい黄色だったり、「海南奇宝」の瑠璃色のぬるぬるとねり固めたような大杯がやはり「崑崙の玉女盆」みたいに、がらがらと涸れた色のなかに流れていて……的な雰囲気があって、複雑な色合いがすごく魅力的です。
こんなふうに、蘇軾の晩年をみていると、がたがたと無理やりつなぎ合わせたような形になっているのに、無理やり「涸れ色のなかのねばっこい艶めき」だったり「激しく突き抜けて拗じ曲がって拐うような荒濤」のような複雑で雑多な雰囲気があふれています。
これをしいて「枯れている」というとすれば、老木がぎちぎちと固く曲がりながら、空洞になったりして、奇妙に痩せているけど、ぎねぎねと長く奇妙に枝をのばしている様子みたいな感じがありませんか……。
(この雰囲気を、なんとなく「枯れている」と評していそうな感覚って、すごいけど笑)
妙枝横生
つづいては幸田露伴(1867~1947)です。ここでは60~79歳まで(1927~47年)を晩年としてみてみます。まずは、1926年(59歳)のときの「暴風裏花」です。
今より二百八九十年ほど前でありますが、支那は明の代の末、……世の中は思い出しても厭わしいほど糜爛した折です、四百余州は地獄のようになったのであります。そして恰も罪人どもを鉄杖で追い立てたり、鉄叉で空中に撑しあげたり、火の中や熱湯の中へ投込んだり、針の山や氷の池へ臨ませる地獄の鬼のような、残虐無慈悲な恐ろしい役目をしましたものが、李自成、張献忠という二人の大盗賊でありました。盗賊と申しましても、物を奪い人を脅すくらいの賊では無くて、城を屠り国を破る大盗賊でありました。
然様な恐ろしい赤鬼王、青鬼王のような、李自成や張献忠というものが……出る前に起りました盗賊どもの名を申して見ましょうなら、「飛山虎」「大紅狼」……、他にも「混天猴」だの「独行狼」だの……「上天龍」だの「混世王」だの「蝎子塊」だの「掃地王」だのというのがあります。……皆これは渾名であったことは勿論ですが、……其等の者共が、虎の如く狼の如く狒々の如く蝎の如く、又地を掃って一切の物を掠奪し……(幸田露伴「暴風裏花」)
これが明代末期の乱世の様子なのですが、これが中年期末期の露伴ということで、つづいて1939年(72歳)の同じく乱世の様子です。
鳥が其巣を焚かれ、獣が其窟をくつがえされた時は何様なる。
悲しい声も能くは立てず、うつろな眼は意味無く動くまでで、鳥は篠むらや草むらに首を突込み、ただ暁の天を切ない心に待焦るるであろう。獣は所謂駭き心になって急に奔ったり、懼れの目を張って疑いの足取り遅くのそのそと歩いたりしながら、何ぞの場合には咬みつこうか、……恐ろしい緊張を顎骨や爪の根に漲らせることを忘れぬであろう。
応仁、文明、長享、延徳を歴て、今は明応の二年十二月の初である。此頃は上は大将軍や管領から、下は庶民に至るまで、哀れな鳥や獣となったものが何程有ったことだったろう。
此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。
夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはなりながらはらはらと降っている。片側は広く開けて野菜圃でも続いているのか、其間に折々小さい茅屋が点在している。他の片側は立派な丈の高い塀つづき、それに沿うて小溝が廻されている、大家の裏側通りである。
……こんなところを今頃うろつくのは、哀れな鳥か獣か。(幸田露伴「雪たたき」)
これをみていると、「鳥が其巣を焚かれ、獣が其窟をくつがえされ……」が、「上は大将軍や管領から、下は庶民に至るまで、哀れな鳥や獣となった」だったり、「こんなところを今頃うろつくのは、哀れな鳥か獣か」みたいに何度も出てきます。
しかも、この追い立てられた感が、時代背景(応仁、文明、長享、延徳を歴て、今は明応の二年十二月の初)だったり、「恐ろしい緊張を顎骨や爪の根に漲らせる」ような寒さに混ざっていたり……と、互いにどこかでわずかにつながっています。
老木って、空洞が多くなっても、ほそく生きているところがわずかにつながって、なんとか生きている感がありますが、この「崩れて形が悪いのに、なんとかつながっている」みたいになっていくのが“枯れ感”なのかもです。
ちなみに、さっきの明末の例では「其等の者共が、虎の如く狼の如く狒々の如く蝎の如く、又地を掃って一切の物を掠奪し……」みたいに、一気にまとまった様子として出てきています。
一方で、晩年の例では「獣は所謂駭き心になって急に奔ったり、懼れの目を張って疑いの足取り遅くのそのそと歩いたりしながら……恐ろしい緊張を顎骨や爪の根に漲らせる」みたいに、いきなり比喩が大きく枝をのばしたように長くなっています。
この不規則に大きく延びていたり、もしくは無理やり何とかつながっている――みたいな、ちょっとがたがたと変な形になっているのが、老木の不規則感に似ていて、しかもそれで成り立ってしまうのが円満な全盛期の樹との違いかもです。
なので、晩年の枯れた感じって、実は形が悪いようにみえて、わずかな動き(幹・大枝)だけで成り立ってしまう不思議な形になっている――的な感じだったのかもです。
というわけで、かなり謎の話題になりましたが、お読みいただきありがとうございました。